錆兎と義勇は緊張した面持ちで膝を突き合わせながら、一つの布団の上で見つめあっていた。
出会ってから数年。お互い十五歳となり、鬼殺隊となり、そして想い合っていることが発覚して暫く経つ。寝巻きである薄手の浴衣姿のまま正座した義勇を前に、甚平を着て胡座を掻いた錆兎は義勇の火照った頬に優しく手を添えた。
隊士となってからは、錆兎の誘いで二人は同じ屋根の下で暮らすようになった。この家は錆兎の亡き父が残したものであり、父を鬼に殺され孤児となってからは引き取ってくれた鱗滝がずっと代わりに管理をしてくれていた。
そして帰る場所があるとそれだけで活力になるからと、隊士となった祝いとして鍵を渡され、今はそこで義勇と二人で暮らしている。
少年が二人で暮らすには、少し広い家。
夜になると静かで、まるで自分たちしか世界にいないような錯覚に陥る。
廊下から僅かに差し込んだ月明かりの下で義勇の白い肌が妖しく浮かび、黒目がちな目は恥ずかしそうな、どこか待ち遠しいような色を浮かべてこちらをジッと見つめていた。
光に当てると、薄らと青みがかった黒い瞳が宝石のようで、錆兎はまた見惚れてしまう。
本当に、綺麗だったのだ。何よりも、誰よりも、何処よりも。
初めて恋慕を抱き、愛しいと感じたその人が一番、錆兎の中では最も美しい存在だった。
「……義勇」
名前を呼ぶと、義勇が見るからに身体を強張らせる。
ほぼ同じくして恋心を自覚してからと言うものの、それでも若い二人はまだ恋仲らしいことを始めたばかりであった。
今までは兄弟弟子で、親友で、切磋琢磨し合う仲間だった。それは今も、変わらない。ただ、そこに恋仲という新たなカテゴリーが追加されただけで、二人は何も変わってはいないのだが。
自覚した当初は恋仲になったからと言って、特別なにかをする、なんてことはなかった。
任務の待機場所で偶然顔を合わせれば静かに手を振り合ったり、文通における結びの一言に「早く会いたい」だの「お前が恋しい」だの正直な思いを吐露し合う程度で、それ以外は何も変わらなかったのだ。
けれど互いに非番の日が重なったある日。
同じ布団で寝ながらいつものように近情を話し合っていた時のこと。ふと──視線が絡んで、時が止まったような瞬間があった。
先ほどまで和やかに、笑ったりしていた二人の間に突然の静寂が生まれる。錆兎は義勇を見つめながら、呑気に別嬪だなと改めて感心すら覚えていた。義勇の顔が整っていることなど出会った時から知ってはいたが、いざ恋仲となると驚く瞬間が多々ある。
義勇はこんなに美しかったろうか、こんなに綺麗だったろうかと。義勇を愛し、そして恋を自覚してから、明らかに彼に向ける目が変わった。
何年も前から見慣れたはずの義勇の姿が、なんだか他とは全く違って見えるのだ。一際眩しいというか、集団の中にいると周囲が霞んで見え、義勇だけがやたら際立っているような。
この綺麗な人が自分だけを好いているのかと思うとなんだか不思議で、幼い頃から聞き飽きるくらいに義勇に言われ続けていた「錆兎、大好き」と言う言葉に、なぜだか懐疑的になってしまうほど。
錆兎は無意識のまま義勇に視線を送り続けた末、彼の思いを確認するかのように、自然な流れで顔を寄せて自ら口付けたのであった。
これが、初めてだった。
薄く、けれど確かに柔らかい義勇の唇は心地が良く、もっとそうしていたいと思いながらも、ただ重ねただけの口付けはほんの一瞬。
錆兎は火照った顔を離して、一方で可哀想なほど耳まで顔を赤くさせて黙り込んでしまった義勇の熱い頬を撫でる。何を言うべきか迷って、その後は「おやすみ」と言い残して義勇を自分の方に抱き寄せてから、その日は強引に眠りについた。
恋仲と言っても、まさか義勇を相手にそう言うことをするようになるとは、錆兎は想定もしていなかったと言うのが正直なところである。
出会った頃は精通を迎えてもおらず、自慰も知らなかった義勇はともかく、錆兎は衆道という文化を知識として知っている程度。
けれど口付けをしてしまった以上、意識せざるを得なくなる。
なぜなら──唇をただ重ね合ったというだけで、信じられないほどに興奮してしまったからであった。
本当に、それほど唇が柔らかかったのだ。淡い血色の、義勇の小さな唇は夢中になりそうなほどに。
しかし何度もしつこくするのは、男としてみっともない、と言う思いもある。
義勇も拒めなかっただけで、流石に口付けは嫌だったかも知れない。恥じらいの奥底で少し潤んだような、やや期待したような表情が見えた気もするが、それも劣情による都合のいい幻覚だろうと錆兎は己に言い聞かせ、翌日も、その次の日も何もせず、いつもの夜を過ごした。
だが状況が変わったのは、それから一、二週間ほど経った日の夜。
初めての口付けのこともお互い徐々に意識することはなくなり、それぞれの任務を無事に終えて、またいつものように二人であれやこれやと布団の中で話し終えてそろそろ寝るかという時間になった。
錆兎が二人の布団を整えていると、先ほどまで眠そうにしていた義勇に小さく、不意に名前を呼ばれたのだ。
振り向いた錆兎に、義勇は視線を逸らしたまま。
そして。
「……あれ、もう、しないの?」
と。
錆兎は、察しがいい。だから義勇の〝あれ〟がなにを指すかなど、言われなくとも分かる。
またあの夜のように可哀想なほど顔を赤くさせて、緊張した様子で甚平の裾をキュッと握ってくる義勇が目の前にいるのに、ここで「しない」などと情けないことを言うほど、錆兎も間抜けじゃあない。
何を、どうすべきかなど、もう決まっている。
錆兎は「言わせてすまない」と言って義勇の頬に手を添えると、そこで二度目の口付けをした。
初めての時よりも、少しだけ長く。
ちょうどあの日から、寝る前の口付けが習慣となりつつあり──何より、今もその習慣の直前である。
隊士として忙しい身だ。毎日一緒に、寝ていられるわけではない。
今日はかれこれ、一ヶ月振りの二人の夜だった。
久方振りの触れ合いに緊張し、身体を強張らせつつも、顔はまっすぐこちらを向けたままの義勇に錆兎は愛しさから胸が締め付けられる。
義勇の姿は妙に健気で、一生懸命で、可愛かった。
錆兎はそんな精一杯な様子の恋人を誰より近くで見つめたくて、薄らと目を開けたまま顔を近づけ、そして唇を重ねる。
ギュッと強く目を瞑り、錆兎を受け入れる義勇が間近にいた。目を閉じずに見つめ続ける錆兎は、いつもならすでに解放しているであろう頃合いになっても口付けたまま。
やがて、義勇の唇を優しく啄んだ。
いつもと違う錆兎の触れ方に義勇の肩が跳ねたが、押し返されることはない。少し吸ってみて、また角度を変えて口付けてを繰り返す中で、徐々に互いに掻き抱くように密着していた。
少年たちの交わる吐息が、静かな夜では良く聞こえる。
ちゅ、と音がして錆兎の唇が少し離れると、義勇は肩を上下させながら、トロンとした甘い瞳で錆兎を見る。堪らなくなって、錆兎はまた義勇に口付けを落とした。
「……こういうの、嫌か? 怖くないか?」
暗に、それ以上のことをしたいという、錆兎なりの誘いである。
視線を絡ませて義勇の手を握ると、夜は涼しいくらいだと言うのに、そこは少しだけ汗ばんでいた。
問いに義勇はなにか言うでもなく、一瞬悩んでから自分からも錆兎へと控えめに唇を重ねると恥ずかしそうに俯いて、首を横に振った。
「……やじゃ、ないよ」
小さな声。
「……錆兎がしてくれること、ぜんぶ嬉しいから」
こちらを見ずに、言葉を紡ぐ義勇を前に、錆兎は口元が緩んでニヤけてしまっているのを自覚した。いま、自分はとんでもなく、助平な顔になっているに違いない。
義勇に見られていなくて良かったと男としての矜持を保ちつつ、けれど我慢出来ずに口を開いた。
「……もう一度、さっきのしていいか」
固まる義勇。
あ、悩んでいるなと、錆兎はそんな義勇を楽しげに観察する。
恐る恐る、と言った様子で顔を上げた義勇はやはり耳まで赤くなっていて、少し困ったような顔をしているのが、なんとも愛らしい。
義勇は、少しの間悩んだ末。
コクっと頷いて、錆兎を再び受け入れた。