「わあ、悲鳴嶼さんだ! 会いたかったです、お久しぶりです!」
「しのぶ……元気そうで何よりだ」
鴉から迎えに行くとの連絡があった時から、しのぶはずっとソワソワしていた。
姉たちが蝶屋敷の前に着いた頃、玄関から飛び出してくるや否や一目散に悲鳴嶼に飛びつき子供らしく無邪気に笑って喜んでいる。
入隊してから柱という存在がどれだけ大きいものかを知り、しのぶは悲鳴嶼を見掛けても昔のように声をかけていいのか分からない時期があった。だが、悲鳴嶼に直接尋ねると昔と変わらない手つきで頭を撫でられ、「いつでもおいで」と言ってくれたことから、今もこうして悲鳴嶼に対しては素直に甘えることにしている。
「あ、宇髄さんもこんにちは」
「テメェなんだそのついで感は。俺にもちったぁ嬉しそうにはしゃげよ」
宇髄の反応に冗談ですよとしのぶがころころと笑って、行儀良く一礼すると宇髄にグリグリと頭を撫でられる。
「そして冨岡さん、改めて水柱のご就任おめでとうございます。大変かとは思いますが、頑張ってください。貴方なら、大丈夫な気もしますが」
産屋敷邸での義勇のように、宇髄に撫でられて乱れた髪を手で抑えながらしのぶが言う。
愛らしい見た目に反して中性的な凛々しさのある少女はいつ見掛けても風を切るように胸を張って歩き、相手が誰だろうと忖度せずハキハキと言うべきことを言う竹を割ったような性格から、小柄ではあるが義勇の目にはとても頼もしくも映っていた。
そんな少女に貴方なら大丈夫だろうとお墨付きを貰うと義勇もなんだか大丈夫なような、不思議とそんな気がしてくる。
「……ああ、ありがとう」
しのぶの力強い祝いの言葉に、普段は表情を崩さない義勇が珍しく微笑んだ。
しのぶは体調が良さそうで何よりだと活発そうな笑顔を返し、「絶対に無理しちゃダメですからね」と強く念を押す。
「じゃ、揃ったしそろそろ行くか。カナエ嬢、このまま道沿いでいいのか?」
「ええ、そうです。皆さん私について来てくださったら」
宇髄とカナエが言葉を交わして、二人が並んで先頭に立って歩き始める。
「あっ! 悲鳴嶼さん聞いて聞いて、私、すこし身長が伸びたのよ! 体重もねぇ、ちょっと増えた!」
重要な報せとでも言う風に、自身の中々大きくなってくれない身体の成長について大袈裟に報告するしのぶに悲鳴嶼は「そうか、そうか」と言葉の一つ一つに耳を傾けた。
「こぉら、しのぶ。悲鳴嶼さんが歩きにくいでしょう」
「構わない、これくらい」
小さなしのぶが大きな悲鳴嶼に纏わり付いて歩き出し、最近あった嬉しいことも全て報告する。
それでね、あのね、という明るく愛らしい声が最後尾を歩く義勇と錆兎にも聞こえていた。
「……本当にオレまで来て良かったのか、この集まり」
「何か問題でも?」
「問題はなくとも疑問はあるな」
カナエの鴉が飛んできたのは、錆兎の抜糸が終わった頃。
施術を終え、その後の診断予定もないことから、しのぶが開発中だという毒の話を聞いたり新しい日輪刀の構造についての相談などを受けていたのだ。
そんな中、鴉が飛んで来たかと思ったら義勇の就任祝いを皆でしたいこと、これから二人を迎えに行くので待ってて欲しいと言う旨の連絡が来た。
団子屋で義勇の水柱昇就任祝い、までは分かる。
連れが柱の面々にそこまでして貰って、身内として嬉しさすらあった。
しのぶもカナエの妹であり義勇とも面識があって、悲鳴嶼とも親しいのだからついでに呼ばれるのも納得が出来る。
しかし錆兎に至っては、カナエの同期で義勇の身内というだけのただの一般隊士に過ぎない。
過去、柱のまとめ役を担う悲鳴嶼には柱の手が回らない地域の見回りを行っていることについて礼を述べられたことがあり、面識もあるがそれだけ。
宇髄とは任務で一度顔を合わせたことがあるくらいで、錆兎は勿論覚えているが宇髄の方は覚えてすらいないだろうと。
自分が行ったところでどうにも場違いな気がする錆兎だが、その隣を歩いていた義勇が「俺が錆兎を呼んでもいいかと言ったら、皆さん快諾してくれたんだ」と機嫌良さそうに告白し、案の定彼のワガママが通っての結果だと言うのを知る。
「お前はまったく、世話の焼ける……」
「錆兎に会いたかったんだ。しょうがないな、うん」
ふんぞり返って、むふ、となぜか得意げに言う義勇は今日をもって正真正銘の水柱だ。
鬼殺隊の中でも、最高位の剣士を表す称号。
だが、人は中々すぐにはそう変われない。
柱の面々が蝶屋敷に着いた時だって、義勇は周囲の柱達を置いて錆兎を見つけるや否や早歩きで距離を詰めると「頑張った、俺は頑張ったぞ」と小声でブツブツと報告をしにやって来て、錆兎に褒められるのを待っていた。
確かに今日は義勇からすると濃い一日であっただろう。本人が言うように、彼なりにたくさん頑張ったに違いない。
人の目があるため、錆兎は「そうか、頑張ったな」とあの場では微笑みかける程度にしておいたものの、義勇はそれだけでも非常に満足げではあった。
だが、家に帰ったら目一杯甘やかしながら撫でくりまわして労ってやろうとも、錆兎は考える。
「おーい、お前らもさっさと来ーい」
すると、辿り着いた団子屋の暖簾の下で宇髄が二人を呼ぶ声が聞こえた。
主役を遅らせては拙いと、錆兎が義勇を先に行かせようとする。
だが、並んで歩いていた義勇が一歩前に出て振り返り、錆兎の右手を取った。
それは鱗滝の元で修行していた幼い頃。
父の声が聞こえた気がして立ち止まってしまった錆兎の手を握った、あの時の手と何一つ変わらない温もり。
手の皮膚が厚くなり、ところどころ小さな傷のある、誰よりも強くあろうとする男の手だ。
錆兎が顔を上げると夕陽を背に、義勇の癖っ毛が風に舞う。
「──いっしょに行こう、錆兎」
義勇が何よりも誰よりも、綺麗に微笑んだ。
黒過ぎて青くも見える瞳に光が集まって、まるで星の光を吸った夜の海のように眩しい。
金色に輝いた藤の花が彫られた釦は夕陽を反射して、宝石のように眩く輝く。
錆兎の誇りであり希望であるその人が、真っ直ぐに自分だけを見つめていた。
「……ああ」
錆兎はその手を強く握り返す。
義勇の隣に並び、二人で少し笑ってから影が伸びた夕焼けの下を手を繋いで思い切り駆けた。
この手だけは、生きている限りは絶対に離さないと。
他でもない、自分自身に誓いながら。
了