君に酔う - 1/2

 宇髄夫妻の知人が店主を務める飲食店の開店祝いに二人も来ないかと招待を受けたものの、あいにく錆兎には仕事の予定が入っており当日は義勇だけが顔を出すことに。
 普段であれば人見知りも激しく、錆兎のいない集まりへの参加は消極的な義勇だが、誘ってくれたのが交流も多い宇髄とその妻たちということで珍しく前日から楽しみにしている様子を見せていた。帰りは車で迎えに行ってやるから連絡しろよ、と家を出る際に伝えれば玄関まで見送りをしてくれた義勇も笑顔で頷き、彼にとって楽しい一日になればいいなと思いを馳せながら錆兎も職場へと向かったのだ、が──。
「あー来た来た。冨岡、お前の大好きな旦那が来てくれたぞ」
 歓楽街に出来た、個人経営の居酒屋。そこは招待されたであろう客たちの賑わう声で満たされており、開店祝いは非常に和やかな雰囲気の元で行われていた。
 一方で宇髄から連絡を貰った錆兎は一度帰宅してから義勇を迎えに行く予定であったのを急遽変更し、職場から電車を乗り継いで、汗だくのまま店の暖簾をくぐった。爽やかなサマースーツ姿で顔を青ざめさせた錆兎は、その和気あいあいとした楽しげな店内ではひと際浮いている。
 案内された奥の座席。そこには豪快にテーブルへ突っ伏している義勇の姿があり、錆兎はため息と共に目頭を揉んだ。
「……なんで、こうなりました」
 義勇の酔い方を前にして、大体察しはつくが一応聞いておくことにする。
「厚意で店主様から天元さんが好きな白ワインをね、頂いたのよ」
「アタシたち、その時ちょうどお手洗いに行ってましてぇ……」
「そんで天元さんが……その……義勇の体質とか知らずに、飲ませちまったというか」
 気まずそうな、申し訳なさそうな妻たちが平謝りしながら簡潔に事情を説明するも、原因を作ったらしい宇髄は「俺は冨岡とサシで飲むことなんかねぇも〜ん」と小憎たらしく唇を尖らせていた。
 義勇は決して下戸なわけではない。むしろ、酒には滅法強かった。そこそこ酒に強い錆兎から見ても、義勇ほど飲めるやつもそういないと言わしめるほどには隠れ酒豪であったりする。
 大学生の頃、錆兎がテキーラショットを飲まされそうになった時だって、義勇は錆兎の手からショットグラスをぶんどると真顔のまま飲み干し、そして「俺の錆兎に下品な飲み方をさせるな」と周囲に言い放った姿は男らしく、錆兎もときめいたというもの。
 とは言え本人がアルコールの類よりも茶やソフトドリンクを好むため、いつもは錆兎との晩酌に付き合う程度でしか酒は飲まず、飲みの席でも最初の生ビールは頼んでも、あとはウーロン茶や、たまにジンソーダなどを頼むような飲み方しかしなかった。
 そんな義勇だからこそ、今日だって特に心配せず見送ったというのに。また、義勇をしょっちゅうランチに誘ってくれたりと、家族ぐるみで仲良くしてくれている宇髄の妻たちも一緒ということで油断していたというのもある。
「だって他は水みてぇにぐいぐい飲めんのに、ワインだけでこんな酔っぱらうとか思いもしねぇだろ」
 そうなのだ。
 ビール、日本酒、蒸留酒──なんでもござれな義勇だが、なぜかピンポイントでワインだけは駄目なのであった。
 いつもは軽く酔ったとしても義勇はニコニコと笑って機嫌が良くなるだけで受け答え自体はしっかりしており、むしろ酔い潰れた者を錆兎と一緒に介抱する側に回る。けれど、ひと度ワインを口にすると義勇は色々とダメダメになってしまうのだった。
 寡黙で控えめで、思慮深く落ち着いた冨岡義勇がその時ばかりは木端微塵に崩壊し、本能が剝き出しと言えばいいのか、喜怒哀楽の出力値が軒並みマックスになると言えばいいのか。
 暴力的になったりしないだけマシなのだが、代わりに周囲のことが一切見えなくなり、錆兎に対して目も当てられないほど積極的﹅﹅﹅になってしまう悪癖がある。故に、酔った義勇は人目を避けて迅速に連れて帰らねばならない。
「義勇くんいまは寝てるから、このまま連れて帰ったら大丈夫かもしれないわ。錆兎くん職場からそのまま来たんでしょう? 車じゃないならタクシー呼びましょうか?」
「いえ。とりあえずコイツ店から出してアプリで呼びます、すみません。あと、ここに義勇の分置いておきますんで」
 言いながら、財布を取り出そうとした錆兎に「いいのいいの、いいから連れて帰ってあげて」と雛鶴が止め、諸々の事情を酌んだ妻たちが義勇を起こさないよう荷物などを手早くまとめて錆兎へと渡した。
「ほら、天元さん。義勇を錆兎に寄こしてやって、優しくですよ」
「起こさないようにですよ~」
「あいあい」
 突っ伏した義勇の隣で呑気にエイヒレを齧っていた宇髄だが、まきをと須磨に言われてようやく身体を起こす。よっこいせー、と気の抜けた声と共に義勇の両脇に手を差し込み、脱力しきった身体を軽々と持ち上げた直後、「ありがとうございます」と引き取ろうとした錆兎を前に宇髄がやれやれと首を横に振った。
「おい、鱗滝。そうじゃねぇだろ」
「はい?」
 そう言い、宇髄が義勇を抱える。妻以外の、それも相手が野郎ともなれば扱いにも大きな差が出る宇髄によって、非常に雑に抱えられた義勇が寝苦しそうに「ふごっ」と鳴いた。
「分かってねぇな~こういうときはお姫様抱っこだろうが」
 供物さながら差し出された義勇を前に、錆兎は器用にも笑顔のまま眉間に皺を寄せる。
「バカ言ってんじゃないですよ」
「誰がバカだよ」
「あんただよ」
 横抱き程度、二人でイチャイチャしている時ならしょっちゅうしているが、どうして社会人にもなって恋人を横抱きにしながら歓楽街を闊歩せねばならないのか。
 宇髄も宇髄で、常識人の錆兎が拒むと分かった上で面白がってやっているのだからたちが悪い。
「……にゃびと」
 そうして宇髄と錆兎のくだらない攻防が続く中、義勇がグウグウと寝息を立てつつ錆兎の声に反応し始める。
 覚醒が、近づいていた。
「はわわっ義勇さんが起きちゃいます!」
「錆兎! いいから義勇をお姫様抱っこしな!」
「あなたたちいい加減にしなさい。錆兎くんが困ってるでしょう」
 そろそろ雛鶴の大きなカミナリが落ちる頃、根負けした錆兎が盛大にため息をつくと宇髄から義勇を横抱きの状態で受け取る。
 あれだけワイワイしていたのだ。気付けば他の客たちもこちらに注目していたようで、錆兎が義勇を横抱きにすると事情も分かっていない酔っ払いたちによる謎の歓声と拍手に店内は包まれ、錆兎はこのままどこか遠くへと消えたくなった。
 指笛まで飛び交い、青い顔の錆兎が義勇を抱いて気まずそうに一礼。宇髄が大爆笑している声と意味不明な拍手喝采を背にして、凱旋する英雄の如く義勇を抱いて出口へと向かう。
 いい雰囲気の店なので今度義勇と二人で来ようかと思っていたのだが、こうなると中々に厳しい。とんだ災難だと錆兎が意識を遠くにやっていると、この騒音の中で義勇もさすがに目を覚ましたようで、腕の中で身じろぐと眠たげな瞳で錆兎を見上げた。
「……しゃびと」
「おはよ。気分はどうだ」
 やっとの思いで店の外へと出ると義勇は舌足らずに名前を呼んで、錆兎と目が合えば甘えるように下から首に腕を回す。都会の喧騒は相変わらず他人には無関心で、このような有様でもジロジロと見られないのがいっそ救いだ。
「げろ出る」
「ゲロ出るのはまずいな」
「おしっこしたい」
「はいはい」
「はらがへった。らーめんたべる」
「腹から出したいのか腹に入れたいのかどっちだよ」
 気分が悪いのであればタクシーに乗ったところで運転手に迷惑をかけるかもしれないと錆兎は判断し、義勇に「もうちょい我慢な」と言いながら歩き出す。
 義勇の鞄と自身のビジネスバッグを手に持ち、そこに加えて義勇を抱いたままの錆兎が渋々向かったのは、夜の街に乱立するラブホテル街であった。

 ◇

 適当に選んだホテルの一室にて。
 そろそろ気分の悪さが限界であったらしい義勇をトイレへと連れていき、丸まってうずくまる背中をさすって一通り出るものを出させてやったあと、サービスで置かれてあるペットボトルの水を開封してから噎せている義勇に手渡して口をゆすがせた。
 ここは比較的新しいホテルのようで、トイレひとつとってもどことなく高級感があり、室内も非常に綺麗である。
 このような状況でもなければ心置きなく楽しんだのだろうが、今はそうも言ってられない。皺にならないようスーツのジャケットをかけてから、広々としたベッドに腰かけると錆兎は取り出したスマートフォンから宇髄にお礼のメッセージを作成し、取り急ぎ送信して一息をついた。
「すっきりした」
「そ?」
 口元をタオルで拭き、顔色もよくなった義勇がぽてぽて﹅﹅﹅﹅とサニタリールームからやってくる。
 だが酔いはまだ残っているようで、足元がおぼつかない義勇に錆兎がベッドの上で「おいで」と言いながら両手を広げてやると、可愛い恋人はまっすぐと錆兎の元まで歩いて、わざわざ向かい合わせとなるように足の上へと座った。
 二人が見つめ合う。そのまま、機嫌が良さそうな義勇からキスをすると、錆兎は愛おしそうに笑って義勇の頬を優しく撫でた。
「口ゆすいだとは言え、ゲロ吐きまくったあとにキスすんのかお前は」
「へへへ」
 そんなことを言いつつ、錆兎が何も気にしていないのは義勇も分かっている。だからもう一度、錆兎に自ら唇を重ね、酔いで熱くなっている濡れた舌を彼の唇へと這わせた。
 ワインを口にしてしまった義勇は、このように錆兎へのスキンシップがいつも以上に積極的になる傾向にある。いまはホテルなので問題ないとして、たとえこれが人前であろうと義勇はお構いなしであり、歯止めが利かなくなるのだ。
 今日のように寝落ちてくれていたら、まだいい。仮に目が覚めた状態で、その場に錆兎がいなければ錆兎の名前を呼んで泣きじゃくる始末であり、もはや手の付けようがなくなるのである。
 宇髄から義勇が酔い潰れたと聞いた時は、肝が冷えた。頼むから泣いてグズらないでくれと祈りながら電車に飛び乗り、店へと向かった数十分間の旅路は生きた心地がしなかったというもの。
 幸か不幸か、今日に限っては飲んでしまったワインの量が多かったようであの場では電池切れを起こしていたので助かったが、そうなってくると問題なのが目を覚ましたこれからである。
 この可愛い酔っ払いを前に、己がどこまで自制してやれるのか。義勇を休ませてやりたかったという気持ちはもちろん本心だが、ちゃっかり休憩場所に選んだのがラブホテルである時点で男のダメなところが出ている。
「ん、ぁ……」
 さっそく、義勇の鼻にかかったような声が聞こえた。
 伸ばされた舌を受け入れた錆兎はより深く義勇の粘膜を味わうように自身も舌を這わせ、隙間などないほどぴったりと重なると内側からは互いの情欲が溢れていく。
 錆兎から注がれる唾液を義勇は抵抗なく飲み、角度を変えながらしつこいほどに唇を重ね、やがてベッドの上に二人が同時に倒れ込むと名残惜しそうに唇が離れていった。
 顔を赤らめて肩で息をする義勇の濡れた瞳に錆兎は見惚れ、美人だなあと分かりきった感想をしみじみ抱いていると、ちゅっと子供のようなキスを不意打ちで喰らう。ポカンとした錆兎に義勇はふにゃっと笑って、最後にもう一度キスをした。
「……なんだ、その可愛い行動……」
「ふふ……きすこうげき、だぞ」
「え、オレ攻撃されてんの?」
 うん、と自由な義勇は頷いて、気だるげに身体を起こす。
「どうした、まだ気分悪いのか」
 続いてベッドから降りようとする姿に錆兎も心配になって声を掛けたが、義勇は首を横に振った。
「さびとと……えっち、する……から、トイレで腹なか、ありゃってくる」
 どうやらキスでスイッチが入り、抱かれたくなった義勇は手早く下準備を済ませるつもりらしい。鼻歌交じりに服を脱ぎ始め、ベッドの上に脱いだ服を投げると色気もへったくれもないパンツ一枚の姿でトイレの方へと向かう。
 立ち居振る舞いから上品で美しい、見慣れたいつもの義勇だって錆兎からすれば何より可愛くて愛おしいのは確かだ。
 そしていま目の前にいる、言動も幼くフワフワしている義勇だって変わらず可愛らしく、錆兎は終始ド真ん中を射貫かれている。
「義勇ー、あとで一緒にシャワー浴びるか?」
「あびる~」
 トイレの中へ消えて行った義勇が応え、錆兎は脱ぎ捨てられた服を代わりに畳んでやっていた。
 そんな男の顔は、今日も今日とて誰よりも幸せそうである。