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「──で、なんでそんな落ち込んでんだよ」
事後。なんだかんだと予想通り三回戦ほどまで楽しんでしまい、へとへとの義勇を風呂に入れてやったあと。
疲労感と眠気の峠を越え、一旦落ち着いて来たらしい義勇がいつまでも気まずそうに自分に背を向けた状態で動かないので、錆兎は黒い癖っ毛を指に絡めながら問う。
「……さ、さびとに……嫌いと言ってしまった……く、薬の影響とは言え……」
聞こえて来たのは、義勇が気まずそうにしている理由。ポーションが効いていた時は己の発言に違和感を持たなかったそうだが、それが解けた今では本心とは真逆の言葉を言ってしまっていたことに義勇はひどく落ち込んでいるらしい。
その健気さに、思わずときめく一人の男。
錆兎は一度大きく息を吸って吐くと、華奢な背中を抱き寄せて髪にキスをした。その行動に対し、申し訳無さそうにこちらを肩越しに見つめる義勇。
「まぁアレは……オレも言わせたっていうか……そもそもセックス中の本心なんか目を見れば分かることだし、そんなことで一々臍曲げたりしねぇっての」
口先だけでも嫌がる義勇を強引に組み敷くことに燃えてしまったのは確かで、錆兎はむしろ義勇の「嫌い」にすら興奮したのだ。
当然ながら、こう言ったシチュエーションでもなければ聞けない言葉であることを前提に、と言う話である。なんでもない時に嫌いなどと義勇に何度も言われたりでもすれば、さすがの錆兎も落ち込むだろうが。
気にするな、と言う錆兎に義勇もちょっとずつ罪悪感が和らいで来たのか、もぞもぞと錆兎の腕の中で身じろぎ、目を合わせると眉を八の字にさせた状態で口を開く。
「……だって、錆兎が嫌いとか……俺が一番言いたくない言葉だったから」
しょぼん、と。親に叱られた子供のように肩を落として義勇が言った。
「……わ、分かってると思うが」
大きく、黒目がちな目。白い顔の中で一際目立つその瞳に見つめられながら、義勇は錆兎に訴えかける。
「俺は錆兎が一番好きだ」
最愛の姉と故郷を同時に亡くし、姉の心臓であった花を眺めるばかりでショックから失語症となった出会った頃の義勇を、錆兎は献身的に支えた。
当時の義勇とのコミュニケーションは、古代に生きた魔法使いと同じく目と目の会話のみ。けれど覗く義勇の心はどこまでも澄んでいて、悲しみに暮れながらも素直で直向きで、錆兎はすぐに義勇と打ち解けあった。
時が流れ数ヶ月が経ち、徐々に言葉を取り戻した義勇が、やっとの思いで辿々しく言ってくれたのは「おれね、錆兎がすきだよ」と言う言葉だった。
言葉などいらないほど、共に生涯の番として深く愛し合う仲ではあるが、義勇はあれから言葉にしないと溢れそうな感情を、今もずっと声に乗せて錆兎にだけ届け続けてくれている。
「だいすき。錆兎が世界で一番好き」
言いながら、抱きついて来た義勇に触れるだけの優しくも甘いキスをされる。
「錆兎になら俺の全部あげる。最期の、花だって」
嫌い、と言ってしまったことをこれほどにまで気に病み、全身で好きだと言ってくる目の前の恋人が心から愛しくて、錆兎の方は言葉に詰まった。
同時に、この世のどんな花よりもすでに美しいこの人の瞳に自分だけが写っていることについて、どこか懐疑的になってしまう。
長寿である魔法使いとして、これから送るであろう数百年という長き時間を絶対に、義勇と共に過ごしたいと心の底から願って止まない。
「……信じてくれるか?」
不安そうに、義勇が言うものだから錆兎は無言のまま深く頷く。
力強い肯定に、安堵して目を細める義勇。
これがまた、花が綻ぶようになんとも愛らしい。
「……義勇」
「ん?」
「キスしていい?」
「えっ? あ、ああ。それは、構わないが……」
錆兎からの突拍子も無い突然の申し出に、やや驚きながらも義勇は頷く。
キスくらい黙ってすればいいだろうにと思いながらも、目をうっすらと開きながら義勇は錆兎の口付けを大人しく受け入れた。
そっと唇を重ねるキスが降り、それが繰り返される。
やがて唇が深く重なって、鼻から漏れるような声と共に舌を吸われるものの義勇は胸の内に広がる錆兎への「好き」を読み取って欲しくて、あえて目を閉じることはしない。
すき、好き、だいすきと心の中でも繰り返しながら錆兎の首に腕を回して舌を吸っていると、熱っぽい声で「義勇」と名前を呼ばれた瞬間、背筋にゾクッと何かが這うような感覚。
同時に、先ほどのセックスの時のように覆い被さって来た錆兎が、義勇の胸元を撫でた。
「錆兎……ぁっ……」
まだセックスしたいのかな、と受け入れる気で脚を絡ませていると、今度は汗ばんだ額にキスを落とされ、義勇は蕩けた顔で錆兎を見上げる。
「後夜祭は貰いものでも勝手に食うなよ、いいな? 飯は全部オレが取って来てやるから」
また変なもんでも盛られたら、お前も大変だろうしとそれらしい錆兎の言葉が続く。
確かに、錆兎の言う通りなのだろう。特待生枠である柱ともあろう魔法使いが、悪ふざけポーション入りのケーキを食べ、まんまとチャームに掛かりましたなど恥ずべきことだ。言い訳はしない。明日は忠告通り、気をつけるつもりである。
だが、義勇にだって錆兎に物申したいことはあった。
「……そんなこと言う割には、口先で嫌がる俺を虐めることに興奮してたくせに。普段よりイキイキしてたぞ、ホントはああ言うのが好きなのか」
普段は優しく義勇には甘い錆兎だが、セックスの際にはどことなくサディストまでは行かずとも、どこかSっ気のきらいがあることは今までも薄々感じ取っていた。
それが今回、ハッキリと明るみに出たことを指摘すると錆兎はやんわりと目を逸らす。
「……いいや? たまにはいいなと思う程度だ」
逸らされた目を見つめれば、男の本心は「はい、割と好きです」とどこまでも馬鹿正直であったので義勇は呆れたらいいのか照れたらいいのか。
けれど付き合ってやるのは、やぶさかではなかった。
今回は振り回されたものだが、錆兎が喜ぶのならば《嫌よ嫌よも好きのうち》薬とやらを服用したプレイの二度目を検討してやらないこともない。
流通ルートを探らねば。童磨に聞けば分かるのだろうが、しかし義勇がどこで買えるのかなどと問えば、恋人同士の戯れに使うのは丸分かりであろうし、それは避けたい。
義勇がそんな、錆兎のやや拗れた男として素直な性癖に寄り添ってくれていることなど気づかず、錆兎は誤魔化すように義勇をより強く抱きしめた。
「オレの義勇が可愛いのが悪い」
とは言え。義勇とて、今日のやや強引で意地悪な錆兎に興奮したのは事実である。
抱きしめてくる暖かな恋人に自分も同類かと呆れつつ、義勇は「はいはい」などと言いながら柔らかな宍色の髪にそっと口付けた。