自分よりもずっと小さく華奢な師の両目を覆うように巻かれた包帯は、朝に取り替えられたばかりだと言うのにすでに膿と血が滲んでいた。
個室の病室。寝台に横たわるのは元水柱である師であり、その隣で少年は抜け殻のように座ったまま動かなかった。潰されかけた頭部に負った傷の手当てのため、師の長かった黒髪は仕方がないとは言えほとんどが刈り上げられており、痛々しい傷跡を隠すため坊主になった頭には頭巾のようなものだけが被せられている。
髪は女の命だから、などとかつての師が言っていたのを思い出すとどうにも遣る瀬無くて、空席となった水柱の後任が己になると正式に決まった昨日の晩に、少年は自分の長かった宍色の髪の裾を無表情で自ら切り落とした。
晒された首元が、少し寒い。
「錆兎、お願いがあるの」
もはや剣士には戻れまい師が、辿々しく呟く。今まで自分を子供扱いばかりして、お願いなんてして来たことなどなかったくせに。この人は改まって何を言うのだろうかと、少年の虚な目がゆっくりと横たわる温い塊に向けられた。
「……ウンと、強い柱になって」
──そしたら私の代わりに、アンタがあの上弦を絶対にぶっ殺して。
少年の、枯れ葉のように色褪せていた瞳が徐々に怒りという熱を帯び、彩りを取り戻す。
そうだ。これは、復讐ではない。
敬愛する師からの頼みである。
そう言うことにせねば、この子は、己の可愛い弟は優しさも穏やかさも全て棄てて、修羅となるだろうと師は思った。夜明けのような少年が、冷たい夜のように全てを失う前にと砕けた顎の痛みに耐えながら言葉にする。
「できる?」
子に呪いをかける母に似た女の声が、静かな病室の白い壁に吸われていった。
こうするしかなかった。全ては、言い訳にしかならないだろうけれど。だが、自分が死なずに済んだのは、きっとこの呪いをかけるためだった。
ほとんど何も見えなくなった、この視界の果てでこれからも朝焼けだけは見えるのだろうと女は思う。それが弟子の髪の色だと理解するたびに、この子が生きていて良かったと己は安堵するのだ。
明けない夜の戦場で、唯一の朝を女は知っている。だから、この剣士としての結末に後悔はない。
固定されていない方の腕を伸ばし、病床の側で根を張ったように座り込んで動かなかった弟子の手を、死体のように冷たい女の指が握れば、初めて少年のいまだ細い喉から掠れた声が聞こえた。
「──できる」
少年は──男は、多くを守れる良い剣士になった。
「どんな鬼も残さずオレが殺す」
これで良かった。つまり、めでたしめでたしという奴である。
「……よく言った」
弟子の返答に満足した師は、乾いた唇で穏やかな笑みを描くと、そのまま静かな寝息を立てて眠りについた。