しんおん

 梅雨入りもまだだというのに嫌気のさすような湿気が肌に張り付き、ジワジワと体の内側から熱が籠るような夜。櫂は正常位でゆっくりとピストンを続けながら、ベッドサイドに手を伸ばすと手探りでエアコンのリモコンを掴んだ。
 小さな電子音を合図に、汗ばんだ皮膚が冷風によって徐々に冷やされていく。
 心地がいい。
 ただ、組み敷いている小さな体が体質的に冷房が苦手であることは理解しているので、流れ込む風はやや緩やかなものである。一息をついたところで、櫂の形のいい顎を伝った汗が、アイチの眉間に落ちた。
 互いの汗が混じるのをぼんやり眺めたのち、それを親指で拭ってやる。
「お前明日、何時からだっけ」
「っあ……ぇ……?」
「塾」
 相変わらず狭いなと、肉ヒダを掻き分けるように奥をペニスで抉るものの、それでも全ては挿入りきらない。ふと徐に膝裏を掴み、開かせたままの脚を柔い腹に付ける形で持ち上げてみると、可哀想な程に広がってしまっているアイチの後孔が見えた。
 腹が圧迫され、自然と括約筋が締まる。蠕動する腸壁の奉仕に櫂は雄としての満足感を得ながら、ズルズルと長大なペニスを引き抜き、アイチの呼吸に合わせて再び挿入していく。
「ぁ……っおひ、る……から、……ひ、ぅ」
「ふぅん」
 昼からならばもう少しこうしてても良いかと、日を跨ぎそうな時針に視線を向ける。
 習い事など、櫂は花やらピアノやらを幼い頃に幾つかやっていたくらいで、塾などの類は一度も通ったことがなかった。そのため、真相がどうかは知らないものの、受験生ということもあってか近頃のアイチにはしょっちゅう塾の予定が入っており、こうして家に連れ込んだのも久しぶりのことである。
 塾などに行かずとも、アイチほどの学力があれば大抵のところには合格するだろうと思っている櫂であるが、それでも一応は気を使っており、実際アイチを自ら誘う頻度は一気に減った。
 櫂が誘えば、塾をサボって自分のところに来るようなことはせずとも、アイチが櫂の誘いを断ってしまった罪悪感から一人でウジウジと数日は悩み続けるであろうことが手に取るように分かるのである。
 そういう面倒くささが可愛いのだが、この小さな存在に無駄なストレスは与えたくはない。
 その代わり、アイチの方から伺いたいと申し出た時は、こうして遠慮なくベッドへと連れ込ませていただいている。
 ちゃんと、アイチが宿題を終わらせるまでの一部始終を監視してからになるのだが。
 カードショップで顔を合わすことはあったもののセックスは実に久しぶりで、この細い体に櫂の指すら挿入るかどうかも怪しかったが──指で解して挿入できなければ、触り合うだけに留めようとあらかじめ思っていた──少々の苦労の末、幼い肉壺は存外あっさりと血管の浮き出た櫂のペニスを咥え込んでみせた。
 おそらく満足に会えない間、アイチが自分で慰めていたであろうことくらい櫂はすぐに察していたが、人の性をわざわざ笑って羞恥を煽る趣味は持ち合わせていないので黙っている。
 ただ、アイチの小さな手では到底触れることも叶わない、雄に犯されなければ届かない場所を一定のリズムで突き上げ、優しく甘やかすようにアイチの頭を撫でていた。
「かい、く……っひ、ぼく……またぁ……」
「んー……? イきそう?」
 汗で張り付いた前髪を掻き上げてやり、丸い額にキスをする。
 櫂の問いに対して、アイチは小さな口で一生懸命に酸素を取り込みながら何度も健気に頷いた。けれどもアイチの皮を被ったままの幼い性器は、前戯の際に何度か達したのみで、挿入をして以降は透明なカウパーを白い腹に垂れ流しているのみである。
 股関節が強張り、背をのけぞらせたことでアイチが何度目かの絶頂に達したことを櫂は察した。
 すっかり中イき癖がついてしまった──そうなるように仕込んだ張本人であるにもかかわらず、櫂はどこか他人事のように考える。
 アイチの勃起すら満足にできていない、小さな性器を見つめて目を細めた。他人の男性器など頼まれても見たいとは思わないが、アイチのそこだけは妙に可愛い。
 何も知らない無知のまま、年上の男に体を開かれて可愛がられ、性器での自慰では満足できずに自ら後孔を弄り、男としての矜恃すら失われかけている目の前の幼い恋人がたまらなく愛おしかった。
 達したばかりの肉壺は気持ちがいい。櫂は気分を良くしながら体を屈めて酸素を取り入れるのに必死な口をキスで塞ぐと、息苦しさからかアイチの中が再び締まる。
 ギュウギュウとペニスに媚びるように蠢いて、純朴そうな外見からは想像もできないほど肉ヒダが淫らに絡みつき、抜かないでと言っているのが分かった。櫂は愉しくなると、新しい玩具を見つけたような無邪気さで小さな口を塞ぐ。
 小柄ゆえに、正常位を行う際にはいつもアイチの腰の下にはクッションが敷かれてある。こうすることで臀部がやや持ち上がる体勢になり、奥まった後孔に挿入がしやすくなるのであった。
 櫂は浮かせているアイチの腰を掴み直したかと思えば、グッと、より深く密着するように腰を進める。もちろん、口は塞いだまま。小さな舌を絡め取り、上から唾液を流し込んでアイチの喉がそれを飲んだことを確認しながら、窮屈な後孔の奥を目指す。
 口を塞がれ、アイチは嬌声はおろか呼吸もままならない。
 ただ、女体のポルチオのように性感帯と成り果てた奥の場所を櫂が突き上げてくれることを、ほんの少しの恐れとともに待ちわびてしまっている自分に気づいてしまい、息苦しさと己の浅ましさにいっそ泣きそうになっていた。
 最初は鈍痛しか感じなかったのに。慣れた今も、気持ち良すぎて怖いところなのに。
 それなのに、櫂のペニスを根元まで咥え込むことが一種の幸福と、確かな快楽としてアイチは認識するように躾けられていた。
 櫂の肉厚な舌がアイチの口腔を犯し、無味であるはずの泡立った唾液ですら甘く感じる。鼻腔での呼吸を必死に繰り返すが、なかなか酸素が脳に行き渡らず目の前がぼんやりし始めた頃、アイチの腰から下がガクガクと痙攣し始めた。
 体の奥の方でグポっと、なにやら下品な音がした気がする。
 狭い肉輪を押し広げるように、櫂の雄の先端が食い込むと、あとはズルリと奥の肉壁へと到達した。
 後孔から背骨を伝うようにして、耐えれないような性感が脳を揺さぶり、体が勝手に痙攣する。櫂の腰に回した足は、気づけばしがみつくような形で自ら離れないように固定させてしまっていた。
 まだ動いていないのに。唾液の糸を引きながら、櫂がようやく唇を離す。アイチの顔を見下ろすと、互いの唾液が混ざったものでテラテラと濡れて汚れていた。
「赤ん坊かよ」
 そう言うと、手で適当に唾液を拭っては猫のように笑っている。
「動いていい?」
 こんな時だけ、櫂は「なぁ」と甘えるような声で言う。どこかサディスティックな笑みを浮かべ、甘い声の裏に興奮した雄の本性を滲ませながら。
 声と表情の差に理性がぐちゃぐちゃに掻き乱されていくような気がする。アイチは情事の際に見せる櫂の無邪気さが好きで、大好きで、けれど少しの恐れがあった。だが、その恐怖心すら興奮材料になっていることなど、自分が一番理解している。
 性に関しては淡白だったはずだ。櫂とこういった関係になるまで、寝ている間に下着を汚したくないと言う理由で仕方なく自慰を行うような、そんな少年だったと言うのに。
 薄いゴムの隔たりを纏ったペニスを後孔に咥え込み、 押さえ付けながら呼吸さえままならない状態で責め立てられて興奮している自分を認めたくないと思うのは、まだ塵ほど残る男の矜持なのか、それとも動物としての防衛本能なのか分からない。
 ただ、一つだけ分かることは、もう前のようには戻れないと言うことであった。
「……だ、め」
 櫂の要求に、拒む。こうすると、櫂が「へぇ」と意地悪く言って、激しくしてくれることを最近学んだ。
 そして櫂はアイチがそれを望んでいることを、よく知っている。
 そう望むように仕立てたのは、なにせ自分自身なのだから。
「……へぇ?」
 だから、恋人としてアイチの望むままにそれに応えてやる。
 櫂がアイチの腰を撫でて掴みなおすと、幼い顔は怯えた表情の下で、期待と嬉しさを滲ませた瞳で櫂のことだけを映していた。

 二人の夜は、まだ明けない。