フェラしてるだけ

 頭を撫でられることなど、伊吹にとっては幼少期ですらほとんどないことだった。櫂の指が髪を梳きながらくすぐったいほどに優しく頭を撫でてくる。気恥ずかしさはあるものの、それより勝る心地よさに思わず目を細めた。
 ベッドに腰掛けられた長い脚の間で膝をつき、寛げた制服のスラックスと下着から取り出した櫂のペニスを前にして、伊吹は顔にかかる横髪を耳にかける。すでにやや硬度を持っているそれを、何度か関係を重ねた今でも中々直視出来ない。
 まるで生娘のような自分に虫酸が走る。
 伊吹には男の裸体に興奮する趣味などなく、ましてや性器など頼まれても見たくないものだ。
 だが、相手が櫂となると話が違う。
 今や身体が、ただ熱くて仕方がない。
 頭を擡げ始めている目の前のそれに伊吹は無言で指を絡め、自身の顔の高さまで持ち上げた。浮き出た血管や裏筋を、妙に愛しげに指の腹で撫でる。これからどうすれば良いかなんて、分からないほど初ではない。
 ふと、様子を窺うように櫂を見上げた。
 見ない間に随分と記憶に染み着いていた姿よりも大人びた精悍な顔つきは、もはや美しいとさえ言える。
 それはまるで人工物のような冷たさも感じ取れるほどに。
 細められた目の奥に光る翡翠の瞳を、伊吹がどれだけ焦がれてきたか櫂は知らない。
 この時ばかりは自分だけを映してくれる櫂の瞳をジッと見つめては、ペニスの先に唇を押し当ててキスをしてみせた。
 そのままローションの代わりに口の中で溜めた熱い唾液を舌から亀頭へ垂らし、塗り広げるように扱き始めると見る見るうちに手の中の雄が膨張していく。平常時でも体躯相応の大きさを誇っていたペニスが、まさしく字の通り自分の手によって更に質量を増していく光景に同じ男として悔しいような気持ちに後ろめたさと興奮が入り混じった。
 一方で櫂は伊吹のそんな複雑な感情には気づかぬまま、伊吹の赤い舌から糸を引いて垂れる唾液が自身のペニスに絡まる光景に、可笑しいほど興奮して吐息を漏らす。
「……伊吹」
 櫂の低く色っぽい声で名前を呼ばれ、それが合図かのように伊吹は薄い唇を開き、すっかり勃起したペニスの先を躊躇なく咥え込んだ。
 正直、先の部分だけで気道が塞がれ、口呼吸が困難となるそれを含むのは中々骨が折れる。だと言うのに、自分の手や口で櫂が快感を得ているという事実だけで理性が悦びで溶かされていってしまう。関係を持ってから散々可愛がられ開発されたきった後孔が、独りでに疼いて切なさを訴えた。
 鼻孔でのみ許された呼吸を一度整え、舌根を下げて喉を広げると自ら敏感な粘膜の奥まで櫂のペニスを招き入れる。全ては不可能であっても、出来る限りは口腔に収め、入りきらなかった部分は手で扱いた。
 頭を前後に動かすと、伊吹の長い髪が揺れる。静かな部屋は時折伊吹が唾液を啜る音で満たされていた。
 頬を窄めて吸い付き、舌で裏筋の敏感な部分を擦りながらどんどん質量の増すペニスの圧迫感に顎が疲れ始めてくる。それでも、自身の唾液と櫂のカウパーが混じったものが喉を通る度に腰が揺れてしまい、いつからこんな身体になってしまったのだろうと思いながらも、止めることはない。
 伊吹は自らベルトをはずして下着の中から自分のペニスを取り出すと、空いた方の手でゆるゆると自慰を始めた。
 蕩けた顔で櫂のペニスを頬張り、濃いものを溜め込んでいそうな睾丸を優しく揉む。
 口の中でビクビクと跳ねる雄に自ら喉を犯されるにつれ、伊吹の自慰を行う手の動きはどんどん速くなっていき、その様子は淫らとしか言えなかった。
 櫂はそんな伊吹に優しく笑いかけると、表情とは裏腹に脚の間にある後頭部に手を添え、グッとやや乱暴に引き寄せる。しかし伊吹はそれさえされるがままで、大人しく喉を広げながら櫂のペニスを根本まで含み、粘膜への狼藉を許した。
 伊吹の繊細で美しい顔が自身の生え揃った恥毛に埋まる光景は、櫂の雄としての征服感を満たす。
「伊吹、こっち見ろ」
 ふー、ふー、と苦しげに呼吸を整えながら、長大なペニスを含むことで精一杯らしい伊吹に上から声をかけた。
 伊吹は赤い瞳を櫂に向ける。苦しいに違いないというのに、瞳は発情の色を浮かべ、顎まで垂れた唾液で口元が汚れていても決して拒むことはしない。それどころか、クチュクチュと粘着質な音が聞こえるのは伊吹の自慰によるものだった。
 雄を咥えさせられ、好きなように口内を蹂躙されているにも関わらず、腰を揺らして瞳は「早く」と訴えているようにも見える。
 櫂は一際愉しそうに笑うと、伊吹の頭を掴んで腰を動かした。最初はゆるやかに、ずるずると伊吹の唾液が絡んだペニスを引き抜き、再び根本まで咥えさせることを繰り返す。そのまま少しずつ動きを早め、性具のように喉を使ってやると伊吹の顔が見る見るうちに淫らに蕩けていった。
「喉、凄い締まってるな」
 脳に酸素が届かない。ぼんやりとした思考の中で、櫂に好きなように使われているというシチュエーションに伊吹はどうしようもなく悦びを感じてしまう。もはや自慰を行う手も止まってしまい、櫂のペニスを咥えて吸うだけになってしまっても、伊吹の放置されたペニスは頭を擡げ、ダラダラとカウパーが滴っている。
 アナルプラグらしきものを咥えながら窄まっていた後孔はやがて準備をするようにヒクヒクと開き始めてるのが己でも分かってしまって、今や自分の身体ではなくなってしまったかのような錯覚さえ覚えた。
 イラマチオなんて、過去身体だけの関係を持った女性たちにさえ、伊吹はさせたことなどない。
 それを今、自分が何年もの間、思いを募らせてきた一人の男に自らも進んで行っている。
 ぐ、ぐ、と弾力のある大きな亀頭で喉を突かれながら、何度かトんでしまいそうな意識を必死に繋ぎ止めて櫂の顔をジッと見つめた。
 自分の口で快楽を得てくれているのか、櫂が顔をしかめて「はあ」と熱い吐息を漏らすだけで腰に痺れが走る。
「……このまま出すから、ちゃんと飲めよ。いいな」
 櫂の言葉にこくんと健気に頷く伊吹に対して、本人の意志では動けないように後頭部を固定し、櫂は腰を動かし伊吹の咽喉を犯し始める。伊吹が、苦しげに嘔吐く音が断続的に聞こえた。
 櫂に加虐趣味はない。
 ただ、自分の先導者であり、友であり、一人のファイターとしても尊敬に値する人物である伊吹コウジという男を組み敷き、彼が望むままに可愛がってやることが櫂にとっては堪らなく興奮するのであった。
 伊吹の目を見つめながら自分はきっと今、酷い顔をしているのだろうなと自嘲し、指通りの良い髪を掴む。
 一度引き抜いたあと、喉を突くように再びペニスの根本まで咥えこませてやると今やカウパーを垂れ流すだけであったペニスから押し出されるように精液が溢れたのが見えた。
 ガクガクと腰から下を痙攣させている伊吹に、櫂は“気づいている”と伝えるように、足の先で達してしまったらしいペニスに触れてやる。すると、羞恥からか蕩けた瞳が一生懸命に櫂を睨んだ。
 反抗的な目だ。喉を犯されて達しているくせに。
 そんな目を向けられたまま、櫂は伊吹の口腔に子種を吐き出してやる。
 喉を孕まされるような感覚に苦痛と快楽の狭間で赤い瞳が見開かれ、その表情はたまらなく櫂を興奮させるものだった。
 ゼリー状のやや固形のものが混ざった、ドロリとした濃い精汁が伊吹の意思とは関係なく流し込まれ喉が焼けるように熱い。鼻から抜ける独特の風味は青臭く、通常ならば吐き出したくなるような苦みと不快感をもたらす。
 だというのに、伊吹は顔をしかめることもなく開いたままの喉でそれを受け止めると、流し込まれたものを嚥下した。
 櫂の味だ、そう思いながら恥毛に顔を埋めて、相変わらず量の多い精液に溺れそうになりつつもなんとか飲み干す。
 搾り取るように啜る音が脚の間で聞こえた。
 櫂は伊吹の後頭部から手を離し、よく出来ましたと言わんばかりに優しげに髪に触れる。
 解放された伊吹は漸くペニスから口を離すと、始めるときと同じように鈴口へキスし、そのままま尿道に残っているものも啜った。
 そして先ほどよりも硬度を失ったペニスに頬擦りをして、櫂を見る。
「……足りない」
「喉突かれてイってんのに?」
「うるさい」
 櫂のペニスを扱きながら伊吹は腰を浮かすと、自ら後孔へ指を這わす。すでに中に仕込んでいたローションが溢れないようにと、栓の代わりに咥え込ませていたアナルプラグを引き抜いた。
 卑猥な音を立てて抜けた後、床に転がされるやや小振りなプラグを櫂は目で追い、サイドテーブルへと手を伸ばすと無造作に置かれたコンドームの一つを握る。
 自ら後孔を慣らしながら時折小さく喘ぐ伊吹を見下ろし、今日はこれを幾つ使うことになるだろうかと楽しそうにコンドームの封を切った。