お一人上手

「お前ってオナニーすんの?」
「ぶ」
 平日の夜。当たり前のように櫂の部屋に転がり込んでいる伊吹は、床に座ってテレビを見ながら櫂が伊吹のために買っておいたカップのアイスクリームをスプーンで刮ぎつつ問うた。
 テレビから流れるバラエティー番組を眺め、時折小さく笑う伊吹の横顔を見つめて「急になに」と突拍子もない質問に隣の櫂はやや戸惑いを隠せない。
「なんか想像できないなって」
 赤い舌にバニラアイスを絡め、家主から拝借したティーシャツを身に纏う伊吹の下はボクサーパンツのみである。長く、筋肉質で艶かしいハリのある足が眩しい。
 思わず脚に視線が移って、喉がひどく乾くような感覚に陥った。
 女性的なシルエットなんて一つもない。それでも、造形として心から美しいと感じる伊吹のしなやかな脚——身体は櫂の雄としての本能に官能的に呼びかけてくるのだ。
 ご覧の通り、櫂とて年相応の性欲がある。これまでは義務的な自慰ばかりだったのが、伊吹と今の関係になってからは少々今までとは異なる。
「……まあ、それなりに」
 言葉を濁しつつ、気まずさを紛らわすように平然を装う。
 伊吹は櫂が頷いたのを見ると、食べ終えたアイスのカップをローテーブルに置き、咥えていたスプーンを口から抜く。短な唾液の糸が伝ったのが見え、どうしてこうも動作の一つ一つが妙に扇情的なのだと頭を抱えたくなる。
「オカズは?」
「はい?」
 伊吹は四つん這いで近づき、自分が先ほどまで咥えていた口腔の温もりが残るスプーンを櫂の唇に押し当て、グッと顔が近づけた。
「なにで、抜いてんの」
 熱に浮かされたように少し赤い顔。
 病的なまでに白い肌に血色が透けて、よくわかる。
 なにで、など。そんなもの言うまでもなく。押し当てられたスプーンからほのかに感じる、伊吹の粘膜の温もりに鼓動が速まる。
 無言の間が続いて、櫂は伊吹の手を掴むと押し当てられていたスプーンへキスをした。
「どう答えるのが正解?」
 櫂は匙を取り上げてローテーブルに置き、試すような目でこちらを見てくる四つん這いの伊吹の耳に唇を寄せてクスクスと笑う。くすぐったかったのか、櫂の吐息に小さく声を漏らした伊吹は身を捩った。
「質問に質問で返すなよ」
 膝立ちになると櫂の首に腕を回し、甘えたように抱きつくと猫のように笑ってみせる。
 はむ、と甘噛みまじりのキスを伊吹が仕掛け、伸ばされた舌が櫂の唇を撫でた。そのまま要求に応えるように招き入れると唾液をかき混ぜるように互いの舌が絡み、櫂は伊吹の腰を抱き寄せる。
 しなやかな腰から手を滑らせ、下着の上から引き締まった臀部を撫でた。ひく、と肩が跳ねる様子が可愛い。抱きたいなあ、と空腹感にも似た欲求を抱きつつ、臀部を揉みながら唇を啄んでふやけ始めた伊吹の顔を吐息さえも混じりそうな近さで見つめる。
「お前とこう言うことシたいなあと思いながら、してるけど」
 伊吹の唾液に濡れた薄い唇を舐めて、布越しの後孔に指を押し当てた。幾度となく体を重ねてきたそこはひどく敏感で、伊吹は「あ」と声を漏らす。
 丸く切った爪先で縁をカリカリと引っ掻き、空いた片手でシャツの上から胸を揉んだ。
 鍛えられた胸筋には程よく脂肪がついており、存外柔らかい。
 ギュッと目を瞑り、されるがままの伊吹に興奮を隠しきれない櫂は伊吹を抱いたまま、後ろに倒れこむと床の上で二人で重なったまま横になる。
 伊吹が意図のわからない質問を投げかけてくることは珍しくない。いつもの気まぐれな戯言だろうと、気にすることなくシャツの中に手を入れ、胸に直接手を這わせた時だった。
「——じゃあ抜いてるとこ見せて」
 伊吹の長い髪束が櫂の髪を撫でるように落ちていく。
 白い顔を火照らせながら、興奮しきった眼差しで櫂と目を合わせると軽く唇を重ねた。
 すでに少し反応しかけていた櫂のペニスを、伊吹は楽しげに脚でグリグリと圧迫する。
「オレで抜けるんだろ」
 どういう目的があっての言葉なのか、櫂には理解できない。なぜ、こうして一緒にいるというのに自慰などせねばならないのだろう。そういった櫂の困惑を読み取ったのか、伊吹は「なあ」と言いながら櫂の目尻にキスをして甘えるような声を出す。櫂がそれに弱いということを知りながら。
 伊吹の無茶振りには普段からできる限り応えてやってはいるが、せっかくの二人の時間は有意義に使いたい。
 通っている高校も住んでいる場所も、電車や徒歩を合わせれば一時間以上はかかるほど離れており、伊吹がこうして当たり前のように櫂の部屋で寝泊りをするようになるまでは、お互い試行錯誤をして来た。
 両親もおらず、後見人である叔父からもいないものとして扱われている櫂と、両親から興味も持たれず放置されている伊吹とで、高校生の身でありながら現在の半同棲のような生活に口を出す大人もいない。
 だが、たとえ一緒にいることが当たり前となっても、櫂としては二人の時間を大切にしたいと思う気持ちに変わりはなかった。
 つまるところ、一緒にいるのならやはりセックスがしたいのである。伊吹の体は自慰より遥かに気持ちが良いし、なにより興奮するものだった。
「それはそうだとして、お前が目の前にいんのに一人でマスかくのは虚しすぎるだろ」
 櫂は呆れたように伊吹の目を見るが、伊吹は「それがどうした」と言わんばかりに布越しに櫂の股間を揉む。好奇心に囚われている目は爛々としており、悔しいが少し可愛い。
「いいから黙ってちんこ出せよ」
「山賊かお前は」
 こうなったら話を聞かない伊吹に櫂はお手上げ状態であり、体を起こした伊吹にされるがままに下着ごとズボンを剥かれ遠い目になる。こんな状況でも少しだけ反応している己のペニスが少し憎らしい。
 伊吹がしみじみと「相変わらずでかいな」と己の性器をまじまじと見ながら感想を述べているのがいたたまれなくなる。
 いつもならここで舐めるか、触ってくれるかという状況なのに伊吹はただ見ているだけで、本当に自慰をさせる気なのかと虚しさから櫂の整った端正な顔が無に染まっていった。
「どうやんの? 道具とか使う?」
「いや……手で」
 そんな無邪気に自慰についての質問をされると、もはや照れすら生まれない。伊吹は「ふうん」と言って、指先で竿に浮かんだ血管をツツ、となぞった。
 櫂のそこは素肌の陶器のような白さに見合った色の薄さをしているにも関わらず、先端の部分と睾丸だけは血色のほのかな赤みが浮かんでおり、触れると確かな体温を持っているのが生々しい。
 生え揃った恥毛は頭髪と同じ色。ここもしっかり彼の一部なのだと思うと愛しくて、伊吹は癖のある毛先を撫でながら「見せて」と櫂にねだった。
 しかし、当然ながら当人はまだ渋っている様子で普段のポーカーフェイスはどこへやったのか、すっかり伊吹とのセックスにハマってしまっている櫂は「自慰よりもセックスがしたい」と不満げに目で訴えかけてくるのがたまらない。
 ここで強引に押し倒して無理やりにでも性交に持ち込まないところに、櫂の持つ人の良さや真面目さが手に取るように分かって、過去に何度身体を重ねてようと、あくまでも櫂にとってセックスとは同意の上で行う行為であると徹底していることが分かる。
 そして櫂のそう言った誠実さに惚れ込んでいる伊吹からすれば、そんな些細な部分まで愛しくて仕方がない。
 櫂が飽きるまで自分の身体を好きなように使わせてやりたい、痛くても恥ずかしくてもなんでもしてやりたい、と胸がギュッと甘く締め付けられる中、それでも櫂が普段どんな風に一人で処理をしているのかを見たいという好奇心と欲求が止むことはなかった。
 可愛げのある言い方をすれば《好きな人のどんな姿も見たい》、本音を言えば《オナニーをする櫂はエロいだろうから死ぬまでに見ておきたい》というどうしようもないものである。
 そして、なんだかんだ伊吹には甘い櫂のことだ。ここまでくれば、もう一押しだろう。
 櫂に雄としての原始的な欲求をまっすぐ向けられていることに、伊吹の後孔が媚びるように疼く。
「そもそも、萎えるだろ。こんな状況」
 伊吹の指が己の恥毛を撫でているのを呆れたように見つめながら、そう話す櫂はいつになく拗ねているようだった。
 今ここで「やっぱりセックスしよう」と誘えば、焦らされた不機嫌ついでに乱暴に抱いてくれるかもしれない。バックで突きながら手綱の様に髪を引っ張って、敏感な粘膜を抉るようなピストンをしながらもっと締めろと耳元で言ってくれるかも知れない──櫂の誠実さに惚れている一方で、根本的にマゾヒストな気質がある伊吹はやや不機嫌そうな櫂の態度にムラムラしながら、櫂の耳に唇を寄せた。
 本人の言うとおり、芯を失いつつある普段より柔らかなペニスを愛しげに撫でて伊吹は囁く。

「……オカズいる?」

 膝を立てて座りながら、伊吹は自身の後孔にローションで濡れた利き手の中指を挿入すると足の先をキュッと丸めた。
 くちくちと中で指が動く音に連動し、「ん」と声が漏れ、赤い瞳が瞑られる。
「ん……ぁ」
 たった指一本でどれだけ悩ましい声を出すものか。しかし、伊吹の敏感さを思うと演技だと言い切ることも出来ず、さんざん犯され尽くして縦に割れつつある後孔はすっかり女性器のようになり果てており、病的なほど白い肌の中でローションが垂れたそこだけがくすんだ桃色をしているのが妙にいやらしかった。
 色白だと言われがちな櫂よりも白い、伊吹の肌はうっすらと血管の青みすら浮かんでいる。
 不健康そうな透明感と青白さの中で、開かれた太股はしっかりとした筋肉も必要なだけの脂肪もつき、肉付きに関しては至って健康的であった。そのアンバランスさがどうにも艶めかしく、過去に素股をさせてもらった際、あの肉厚な脚の締め付けがどうしようもなく心地よかったことを櫂はしみじみ思い出しながら自慰に浸る伊吹を眺め、彼の要求通りに自身のペニスも扱いている。
 先ほどまでの元気のなかった愚息はどうしたのやら、目の前の痴態によって腹にまでつきそうなほど元気になっている己の素直な性欲には、櫂も正直頭を抱えたくなる。
 伊吹の、もう随分とセックスの最中に触ることも少なくなったペニスが緩く勃っていて、時折ふるえたかと思うと薄いカウパーが糸を引いて落ちるのが可愛い。いわゆるドライオーガズムという射精を伴わない絶頂が癖になってしまってから、伊吹の体躯相応の大きさを誇る性器は本来の雄としての機能を忘れつつあった。
 薄手のシャツに透けた乳首も、昨晩につけた内股のキスマークも、挿入された指に吸いついてとろけきった腸壁も、ぜんぶ櫂が余すことなく愛して残したものである。
 興奮から、はぁ、と熱い吐息が櫂の整った唇から漏れた。
 伊吹は注がれる視線にさえ快楽を覚え、腰が揺れるのを抑えきれない。物足りなくなり二本目の指を後孔へ足したところ、くぱっと開いた指の隙間から真っ赤な中の粘膜が見えた。そこは十分に濡れそぼり、指を咥え込むと中に押し込められたローションを溢れさせる。
 そんな卑猥な光景に興奮した櫂のペニスが、ビクっと一瞬脈打ったことに目ざとく伊吹は気づいて、婀娜っぽく笑ってみせた。
「……変態」
 伊吹の挑発的な言葉に、ゾクリと背筋を這うのは嗜虐心。
 櫂は今すぐにでも伊吹を床に這い蹲らせ、慣らされきってない後孔を自身のペニスで割開き、痛みで震える腰を掴んで無遠慮にピストンを繰り返しながら奥の方へ子種を吐き出してやりたくなる。
 普段はそんな、暴力的な一面を櫂が見せることはない。
 どちらかと言えば理性的で、易々と扇動されることもなければ、地雷を踏まれない限りはどこまでも冷静なのが櫂トシキという人物だった。
 だが、伊吹はそんな櫂を変えてしまう。
 否、櫂の中にある、そう言った一面を引きずり出してしまうと言った方が正しい。
 そして伊吹もまた、櫂に対して「めちゃくちゃにされたい」という被虐願望を持つのであった。
 櫂は昂ぶる本能に従って、今すぐにでも伊吹をめちゃくちゃにしてやりたいと思う反面、自慰が見たいなどというトンチンカンな要望に応えてやりたい気持ちが一応はある。
 櫂はセックスにおいてたとえサディスティックな一面があろうと、根本的には優しく、懐に入った者に対しては甘い。それは、伊吹に対しても例外ではない。
 だが、これではまるで待てをさせられている犬と変わらないのも事実。櫂は虚しさを押し殺しつつ、開いた尿道から溢れる先走りを指で掬うと、それを塗り広げるようにグチグチと粘着質な音を立てながら血管の浮いた逞しいペニスを骨張った長く美しい指で扱いていった。
 一方で伊吹は、そんな伏し目がちに半ば投げやりな自慰を行う櫂の様子を穴があくほどの熱視線で見つめている。
 目の前の雄から醸し出されるあまりの色気に鼻血でも出しそうになりながら、写真か動画でも撮らせてもらうべきであったと、櫂が聞けば絶対に嫌がりそうなことを考えて後孔に挿入した指をまた一本増やして動きをどんどん激しくさせていく。
「あ、櫂……っ」
「ん……?」
 思わず名前を呼んでしまうと、櫂は優しく伊吹に応えてくれる。三本の指で中をかき混ぜて大きさに慣らしたあと、手前の方にある前立腺を指の腹で押すようにして腸壁で得られる快感を貪った。
 本当は、櫂のペニスで強引にこじ開けられながら、奥の方を圧迫して突かれるのが一番気持ちがいい。だが、自慰ではそうはいかない。
 伊吹が自慰を行う際は、決まって指でも届く前立腺を愛でながら、時に乳首などもいじって絶頂を迎えることが多かった。
 そろそろシャツに擦れた乳頭がもどかしい。
 伊吹は後孔に挿入した指を動かしながら、シャツに透けた乳首を空いたほうの手で摘んで、櫂の視線を受けながらも普段のように行う自慰に浸った。
「ここ……見て」
 腰を少し浮かせて指を広げ、そろそろ柔らかくなってきた後孔の粘膜を櫂に見せる。
「奥のとこ、お前の形になってんの」
 櫂のペニスの形をしっかり覚えたそこは、挿入されると悦ぶように吸いつき、精を搾り取ろうと躍起になるように作り変えられていた。
 こんな風になってしまったのは櫂のせいなのだ。
 伊吹はたった一度、抱いてもらうだけでいいと決めて「抱いてほしい」と櫂に迫ったに過ぎないのに、櫂はその後も伊吹を手放さなかった。最初は後孔で得る快感がこんなに強いものだとは知る由もなければ、射精も伴わず女のように中だけで絶頂してしまうようになるなど思いもしなかった。
 雄として不完全になりつつあるそこは、目の前の櫂のペニスに反応して物足らなさそうに疼く。
 櫂は見せつけられる後孔の粘膜を前に乾いた唇を舐め、今まで犯してきた際の伊吹の淫らな姿を思い出しながらペニスを扱く手が速くなっていった。
 中に挿入した指を腸壁が締め付けているのが、伊吹にはわかる。次第に腰が揺れ、触ってすらいないのに緩やかではあるものの勃起しつつあるペニスが腰の動きにあわせてふるえるのが少し恥ずかしい。
 伊吹は小さく「イく」とくぐもった声でそう告げると、指の動きが一層激しさを増した。濡れそぼった後孔からはグジュ、と湿っぽい下品な音が断続的に聞こえ、伊吹の口からは絶えず喘ぎ声が漏れる。
「櫂、あ、イく……イくっ……や、ぅう……」
 まるで見せつけるように足を開き、櫂の名を呼びながら伊吹はやがて絶頂に達した。ガクガク、と腰から下が痙攣し、指を咥えこんだままのそこが物足らなさを訴えるように強く指を締め付ける。
 射精とも言い難い、少し濁ったカウパーがトプリと押し出されるように伊吹のヒクつく尿道から糸を引いて落ち、床を汚した。
 いまだ息の荒い伊吹は、感じ入ったように目をつむって、少し落ち着きはじめると余韻からとろけた瞳で櫂を見据える。
 吐息交じりに後孔から指をゆっくり抜くと、そこは赤い粘膜がポッカリと口をあけて中々閉じようとしない。すると中で掻き混ぜられていた体液とローションが混ざったものが、奥から愛液のように溢れて櫂を誘う。
 櫂は力の入らない伊吹のそばまで近づくと、膝を掴んで開脚させたまま固定し、後孔が見えるようなポーズを取らせてそろそろ限界の近いペニスを扱く。伊吹はすぐそこにある、愛しい人の怒張を目の当たりにしながら口の中に唾液が溜まっていくのが分かった。
「っ……伊吹……」
 低く、色っぽい声で呼ばれた伊吹は櫂の絶頂が近いことを察すると、ティッシュの代わりに自身の手のひらで櫂の亀頭を覆ってやる。
 ただ、扱いているのを見守るというのはとんでもなく口寂しい。いますぐにでも、自分でこれを味わいたい。猛烈にフェラがしたい。そんな欲望が、伊吹の思考を独占するがグッと我慢する。
 目の前に伊吹がいるというのに、あえて櫂が自慰で果てるというシチュエーション。この焦ったさこそが、伊吹の底にある櫂に〝だけ〟向けたマゾヒストな部分を満たす。
 扱く手の動きが速くなり、櫂が自ら達するためにペニスを刺激しているのだと考えると興奮でおかしくなりそうで、伊吹が目の前の光景に目が離せないでいると、櫂は顔を近づけて伊吹の唇を奪った。
 櫂の肉厚な舌が、熱く甘い唾液とともに伊吹の舌と絡む。互いに貪るように口づけを交わし、伊吹は次第に手の中にある櫂の亀頭を優しく撫でて射精を促してやるような手付きとを取ると、自ら櫂の舌に吸い付いて唾液を注いで欲しいとねだった。
 そうして流し込まれる熱い唾液を伊吹は嬉しげに飲み、その後は何度か啄ばむようなキスを繰り返す。
 向かい合った櫂のペニスは若さゆえか相変わらず腹までつきそうな勢いで、自慰をして欲しいと頼んだ側であるにもかかわらず、同じ男としても圧倒されそうな猛々しさになんだか照れてしまう。
 伊吹は自分の臍よりも少し高い位置にくる櫂の亀頭を撫でながら、いつもここまで挿入ってきているのかとしみじみ考え、思わず手付きが優しくなった。
「櫂。手に出して」
 長い睫毛を伏せた、櫂の雄の色気を含む端正な顔を間近で見つめながら伊吹の頬が熱くなる。こんな、硬さばかりで柔らかさのかけらもない己の男の体に——と、少なくとも伊吹はそう思っている——欲情し、目の前の櫂が自慰に浸っているのだと思うと伊吹は嬉しくて、子供のような無邪気さでねだった。
 そろそろ限界の近かった櫂は伊吹がねだるまま、自身の手も伊吹の手に重ね、そのまま小さく身震いをするとようやく吐精する。
「っく……ぁ、……」
 掠れた声に、後孔が独りでにヒクつく。手の平で感じる熱量。ドプ、と脈打つペニスから吐き出される精汁は手が溶けそうなほど、熱い。
 普段であればゴムか腹中に出されるか、口腔で受け止めるかがほとんどであるために、あまりこうして手で受け止めることはない。
 伊吹は中の精液を零さぬように手をゆっくり広げ、ゼリー状のものが少し混ざった重みのあるそれをまじまじと観察する。
「……多いし、熱い……」
 精液の量も濃さも十分であることを確認し、櫂の絶倫疑惑が徐々に確信に変わろうとしている中、伊吹は昨日もセックスしたのにと顔を引きつらせた。
 孕ませようという雄としての本能が常に全力というか、執念のようなものすら感じる。相手は同じ男であり、残念ながら無駄打ちをしていることなど気づいていなさそうな目の前にいる美形の精巣に対して伊吹は平謝りした。とは言え、本来の使い方をどこの馬の骨とも分からない女相手に櫂が覚えて来たりでもしたら、自他ともに認めるほど嫉妬深い伊吹は自分が何をしでかすか分からないのだが。
「……で、満足したか?」
 絶頂の余韻から少しボーッとしていた櫂が、ローテーブルの上に置いてあるティッシュを取り出し、伊吹の手のひらを拭ってやりながら呆れたような口振りで問う。
「エロかった。今度動画撮っていい?」
「却下」
「ハメ撮りしていいから」
「………………却下」
「ちょっと考えただろ今」 
 この言い方からすれば、そのうち頷いてくれそうだなと考えながら伊吹は手を拭いてくれている櫂をよそに企んだような笑みを浮かべる。
 櫂はこう見えて、コスプレだの玩具だの俗っぽいものが結構好きであったりする。今の落ち着き払った様子からすると意外かもしれないが、幼少期のヤンチャだった櫂を知る伊吹からすれば、そういった好奇心が旺盛であるのも納得できた。
 伊吹とて口では嫌と言えど、櫂が言うならばコスプレだろうとハメ撮りだろうと玩具だろうとまんざらではない。なによりも伊吹のそんな姿を見て興奮する櫂が見れるのなら、安いものだ。
 憎まれ口と皮肉の底にある、健気なまでの従順で献身的な執着と愛憎を伊吹は櫂だけに抱いている。
 それにしても、今晩はいいものが見れた。櫂が手を拭き終わると、伊吹は満足そうに手を洗いに行こうと脱ぎ捨てられた下着を履こうと四つん這いになって手を伸ばしたが、それは櫂の妨害によって阻止されてしまう。
 どういうつもりなのか。伊吹が櫂のほうを見上げると、そこには下着を取り上げた櫂がいかにも不満そうに伊吹を見下ろしていた。
「え、なに」
「そのまま手洗って歯磨いて寝ようとしてる?」
 気づけば気を失っていたりするセックスよりマシだが、自慰をしたあとの独特の倦怠感と眠気で伊吹はすでに就寝スイッチが入っている。睡眠を遮られたことに眉間に皺を寄せて櫂を見るが、彼が下着を返してくれる様子は一切ない。
 伊吹は、気まぐれである。
 口では決して言わないが、初恋の相手である櫂に対してはまさにベタ惚れという表現がふさわしいほどに惚れ込んでおり、セックスにも積極的で櫂との気持ちいいことがなにより好きだ。
 櫂がセックスに誘えば、伊吹は大抵は乗ってくるのだが、前述したように気まぐれなのであった。
 眠いから、もう寝る。オナニーも観れたし満足。伊吹の言い分はわかる。分かるが、あまりにも自分勝手やすぎないかと、自慰で達し、物足りない櫂は伊吹を硬いフローリングの上に押し倒す。
 こんな手荒なことができるのも、伊吹が頑丈だという信頼があるからである。
「ちょ、待!」
「待たん」
 ぐ、と膝裏をつかまれ、足を開かされる。リビングを照らす眩しいほどのLED照明が、自分のそこを明るみにし、櫂が間近で観ていることを意識すると自然とヒクつき始めてしまう。
 露わになった後孔を見て、櫂は乾いた唇を舐める。
 目の前の、幾度とない性交によってぱっくりと縦に割れつつある後孔がヒクヒクと口を開けるたび、先ほどのローションと、伊吹の体液が混ざったものが垂れてくる。
「ひっ」
 ずり、と擦り付けられる熱量。
 櫂のペニスだと伊吹が察して、こんな床の上では絶対に体に支障が出ると顔を青くしながら「待て、あの、せめてベッドに。腰が死ぬ」と櫂を押しのけようとするが、疲れもあってか本気で力を入れにきている櫂をどかすこともできない。
 櫂がすでに臨戦態勢のペニスを自ら扱き、挿入に差し支えない万全の硬さと大きさを維持しようとする。
 血管を浮かばせ、櫂の一度は達したはずのペニスが、それはもう元気よくググッと頭をもたげた。
 あ、抱かれる。
 ぴと、と亀頭が開閉する後孔に押し当てられた瞬間。
 一息もおかず、半ば強引に中を割り開かれながら挿入されてしまう。伊吹は声も出せずに、弱々しく射精とも言い難い、白濁とした薄い体液をただただ尿道から押し出されるようにを吐き出させた。
 ビクビク、と腰から下を痙攣させ、挿入だけで伊吹が達してしまったことなど、櫂はすぐに分かる。
「やだ、だめ、だめだめ……ッひっ、あ、やぁッあ!」
 まるで犯されているような——あながち間違いでもない——声を出し、拒みはするものの伊吹の中の腸壁は櫂の狼藉を悦び、ピストンの際に腰を引くたびに、行かないでと言うようにギュッと中が痛いほどに締まる。
 伊吹は自覚があるのかないのか、とにかく櫂の性欲を掻き立ててくる。
 肌と肌がぶつかる音が、普段の生活スペースの中を満たしているのが伊吹は恥ずかしい。シーツを掴もうとするが、ここは床の上である。縋るものもなく、伊吹は自分が着ているシャツの胸元を握って強烈な快楽をなんとか逃がそうとした。
 そうでもしないと、狂ってしまいそうで。
 目の前がチカチカと光る。櫂のペニスが、伊吹の奥まったところをコン、と突くと目が見開かれる。
 そこは女性のポルチオのように、もはや完全な性感帯として機能していた。
「イく、イくからっぁっ、待っひ、ぐ……ッ!」
 指で、届かなかったところ。雄に犯されないと到底得られない強い快楽に屈した伊吹は逃げ場を失い、口元を唾液で汚しながら「こわい、こわい」と繰り返す。
 いじわるな時の櫂だ。いつもなら、敏感な伊吹を少しずつ快楽に慣らすために、入念な前戯を行うのに今日はそれすらない。
 でも、それが気持ちいい。
 櫂が奥をめがけて腰を打ち込むたびに、みっともないほど開ききった肉輪がペニスを美味しそうに頬張る。
 腸壁が蠕動し、種をねだるように中のペニスを奉仕し始めるのがよく分かる。
 小さな絶頂を繰り返している伊吹を前に、これはもう俺の雌だと主張するかのように、身を屈ませた櫂が伊吹の白い首筋に思い切り噛み付く。
 ごり、と櫂の歯が肉に食い込む音がして、痛覚さえ犯すような形容しがたい快楽に伊吹は足の先をピンと張りつめさせながら、櫂に首元を噛まれながらの中出しを施され、一際大きな絶頂を迎える。
「っも、……ひ……あ、も、や……っだめ……ッ中、出てぇ……んっ、ぅう」
 骨盤の一番深いところに、火をつけられるような感覚。その熱が中心から背骨をつたい、脳の奥まで突き抜ける。
 目の前が真っ白になり、ただただ後孔に快感だけが注ぎ込まれていった。
 櫂は息を荒げたまま、いまも硬く反り上がっているペニスを一度抜くと「こっちにケツ向けろ」と指示をする。達したばかりの伊吹は肩で息をし、フラフラになりながらも櫂の言うことは絶対だと刷り込まれたように、四つん這いになって言われた通りに臀部を向けた。
 すると腹部を圧迫する体勢により、激しいピストンの際に中に入ったのであろう空気が後孔から抜け、下品な音とともに中に注がれた精液が床にボタボタと滴った。
 まるで排泄を見られているようだと、伊吹は屈辱と羞恥で泣きそうになりながら肩まで赤くして、腕に顔を埋めると「うう」と声を漏らしながら鼻をすすった。
 その惨めな姿が、どれだけ櫂を興奮させているかなど伊吹は知らない。こんな雌を前に、自慰などで種を無駄になどさせれないと櫂は喉の奥で笑う。
 熟しきった、トロトロにふやけた後孔に櫂は再び亀頭を押し当てる。そこはもう、櫂が腰を進めなくとも吸い付いて離れようとしない。
「ん……っ、あぅ………またぁ……っ」
「伊吹……かわいい……」
 中の媚肉をかき分けるように、櫂のペニスが違う角度から伊吹を犯す。櫂に腰を持ち上げられ、臀部だけ高く上げるような体勢を取らされると、伊吹はいっそう興奮して自らも腰を揺すった。
 伊吹の体が揺れるたびに、もはや勃起すらせずに後孔での快楽に屈したペニスが、カウパーを床に滴らせながら一緒に揺れる。
 櫂はそれを眺めながら、気まぐれに伊吹のペニスに触れる。
「ふ、あっそこ、触んなくて、いい……っ」
「伊吹はここ触るより、奥の方突かれながら中イきするの、好きだもんな」
 そう言いながら、再び発情しきった後孔の奥を可愛がられ、手では柔らかいままのペニスを扱かれる。
「男のオナニーの仕方忘れた?」
 茶化すような声色で問われ、伊吹は肩越しに櫂を睨んで見せた。
 アナルセックスでここまで乱れておいて、未だに残る男としての薄っぺらい矜持をズタズタにしてやるのが、櫂は何より楽しい。
 萎えた状態でもそれなりの大きさである伊吹のペニスは立派であるにもかかわらず、もう排尿以外でほとんど使われていないであろうことを思うと可哀想で、それがまた櫂の征服感を満たす。
 女相手に腰も振れなくさせてやろう、そう思いながら反抗的な伊吹の視線に欲情し、ペニスを触るのをやめないままピストンをいっそう激しくさせる。
「どうやってたんだ? こう?」
「あ、ぅう……っや、櫂……これ、いやだあ……」
 櫂が先ほど、自分にやっていたように指で輪っかを作り、上下に擦ってやる。これではオナニーというより搾乳のようなど、伊吹が聞けばまた怒りそうなことを考えながら一向に勃起らしい勃起をしないペニスを可愛がってやる。
 こんな状態でも一応快楽は拾い上げているのか、腰を逃がそうとする伊吹に「こら。そんなんだとイけないだろ」と咎め、腰を押し付けてペニスをより深く挿入すると抽送の動きを浅くし、奥の方をじっくり責めつつ、逃げられないようにホールドをする。
「あ……っ!?」
 すると、伊吹は急に大きな声を出すと首を横に振って、強く制止を求めた。
「や、だめだ、待って、櫂……っ」
「なに?」
 櫂は、中の動きから伊吹が達しそうなことを察しつつ、それとは別に心当たりのある反応に口元が緩んでしまう。
 伊吹はなにかを言おうとするが、口から出るのは情けない声ばかりでまともに話せず、その間も体に限界が来ようとしている。
 尿意とよく似て、非なるもの。
 伊吹はこれを、櫂とのセックスの際に何度か経験している。櫂も、わかっているはずだった。
 それなのに、伊吹の言葉であえて聞きたがる櫂の意地の悪さに、悲しきかな伊吹は信じられないほど興奮してしまうのだ。
「ちが……っちがうの、出る……やだ……ッあ、ひ」
「ああ……噴く?」
 櫂がこれで、やめてくれるはずもない。
 恐る恐る肯定の意味で頷く。
 すると、優しげに「そうか」と櫂が答えた次の瞬間。
 ずっと弱火で煮るようだった優しいピストンを、突如、無遠慮で激しい、腸壁にマーキングするかのような腰の動きに切り替えられる。
 伊吹は何度目かわからない絶頂を迎え、そしてまた達した。もう、突かれるたびにドライオーガズムで幾度となくイっている。
 ペニスを扱く櫂の手の動きも激しくなり、伊吹は「あーあー」とうめき声のようなものを奏でるしか許されず、意識が飛びそうなのをなんとか繋ぎとめた。
 クる、クる、と迫ってくるその感覚に、伊吹はもう我慢などできなかった。堰が切れ、奥で絶頂を迎えたあと、プシッと炭酸飲料の封を切ったような音がしたと同時に、尿とは違った無色透明な体液が伊吹のペニスから勢いよく溢れると床を汚していく。
「あ、ああ、ぁっや、見るな、見るなぁ……ッ見、っや、ぅうッ!」
 ベッドの上とは違い、冷たい床の上では噴き出した潮がどこにも染み込まない。
 自分の足元をぐっしょりと濡らす、ペニスから漏れ出した多量の体液を、伊吹は羞恥から直視することすらできない。
「エロ……」
 櫂は、そんな伊吹を見て満足そうに目を細めた。
 そしてまた、種付けを行うためのピストンが再開される。
 まさしく、性交というよりも獣同士の交尾だった。櫂は雄の本能で、目の前の伊吹を孕ませるつもりでいる。ぐぽ、ぐぽ、と耳を塞ぎたくなるような音とともに櫂のペニスが伊吹を雌に変えていく。
 伊吹の腸壁は迎え入れた大きなペニスに頬ずりするように媚びると、子種をねだって中のヒダで必死に擦り、子宮のように降りてきてしまっている結腸がペニスの先端に吸い付いた。
 もう、そこは一種の性器に成り果てていると言うに相応しいだろう。
「イってるときの伊吹ん中、すげー締まるんだよな……これ知ったらオナニーとか言ってられねぇって」
 湯船にでも浸かった時のようにリラックスした声で伊吹に告げる。
 これをいわゆる名器と言うのだろうか。根元から先端までの全てを咥え込んだ、伊吹の後孔は相変わらず、たまらないほど気持ちがいい。
「おく、とんとん、いやだ……っも、やぁ……っ助け……ッ」
「ヤダじゃないだろ。気持ちいいの好きだろ?」
 駄々っ子のように泣き始めている伊吹に、櫂は父のように優しく言い聞かせる。
 気持ち良すぎて、怖い。伊吹は強すぎる快楽に耐えれず、とうとう本当に泣き始めてしまい、櫂が見かねて頭を撫でてやるが腰の動きを止めるつもりは一切ない。
 もう、櫂とのセックスを知らなかった頃には戻れない。
 塗り替えられてしまったと、伊吹は唾液や涙や鼻水やらで汚れた顔を腕に押し付けながら、腰を揺すって〝もっと〟とねだる。
「あたま、へん、なる……うっ……あ、ひ」
 セックスのことしか考えられなくなってしまう。
 徐々に腰を振りながらの櫂を求める動きが激しくなり、伊吹は無我夢中で櫂のペニスの感触を味わいながら喘ぎ声が大きくなっていった。
 櫂は伊吹に覆いかぶさり、髪を耳にかけてやり、露出した耳の縁を舐め上げると低く、甘い声で囁く。
「変態」
 先ほど、伊吹に言われた言葉をそっくりそのまま伊吹に告げる。
「うぅ……ぁっは、ぁ……かい……櫂……きもち、いい……っもっと、して……もっと……っきもちいの、して……くださ……」
 そこから、もう正常な判断などできなくなった伊吹がドロドロに溶けた思考の中で櫂の名前を繰り返し読んだ。
 枷が外れた伊吹は可愛い。これだから、抱き飽きないと全てが櫂好みな身体と感度を愛おしく思いながら、櫂は伊吹に応えるようにピストンを激しくしていった。
「かわい……また、このまま出すから。いいよな?」
 頷く伊吹の後頭部を見下ろしながら、これは後片付けと機嫌取りが大変なことになりそうだと思いつつも、今はまだこの戯れをやめれそうになく、櫂は伊吹の望むままに体の奥へと吐精した。