体温

 アイチは、櫂の存外暖かな体温が好きだった。
 肌や髪の色素の薄さからして、どこか冷たそうにも見える櫂の大きな手は意外にも暖かく、子供体温のアイチでもその手に頬を包まれるとポカポカと暖まる。
 そういえば、筋肉量が多い人は体温が高いと聞いたことがあった。
 ああ、確かに──その定説も、櫂の体を見れば納得もいくだろう。権衡の整った肉付きと割れた腹筋に、しっかりした首周りも。どれも自分とは正反対だと、アイチは櫂に組み敷かれながら考える。
「……おい、アイチ」
「はっ……はい?」
 先ほどまで櫂が着ていたはずのシャツもどこへやら、どこか上の空なアイチを不服そうに見下ろしている櫂が纏っているのはスラックスのみで、今や半裸状態である。
 これからすることを考えると、恥ずかしげもなく付きっぱなしのシーリングライトに照らされた白い肌が眩しい。
 そして、相変わらず彼は良い匂いがした。その芳香が、アイチの思春期を司る柔らかな部分をイタズラに刺激する。
「集中しろって」
「だ、だって……」
「だってじゃねぇよ」
「あ、ゃ……っ」
 半裸の櫂に対して、既に全ての衣服を剥かれているアイチはなるべく足を閉じ、なんとか局部を隠そうとする。
 しかし、指の腹が埋もれる程度には肉付きも良い、柔らかな太股は本人の筋力のなさも相俟って、いとも簡単に櫂によって割り開かれてしまう。
 晒されたそこは未だ恥毛も生え揃っておらず、柔らかな産毛が少し生え始めた、と言う程度なのが妙ないやらしさを放っていた。皮被ったままのペニスが、櫂に体を撫でられているだけで頭を擡げているのが自分でも分かる。櫂に、淫らだと思われたらと泣きそうなほど恥ずかしかった。
 長く白い指先がアイチの健康的な柔肌をなぞったかと思うと、まるきり子供のそれを握る。櫂の大きな手の中に、アイチの慎ましい性器が包み込まれた。
 櫂の手のひらが、ひどく熱い。
「う、ぁっ櫂く、……櫂くん……っ」
 扱かれながら、先を覆う部分の皮を指で丁寧に剥かれているのが分かって、アイチは羞恥でどうにかなりそうだった。顔を手で覆うも隠すべき下半身は丸出しで、そんな様子を櫂が意地悪く笑いながら見つめていることなどアイチは気づけない。
 ふにふにと柔らかな睾丸と、今までも何度も櫂のペニスを受け入れた故にうっすらと縦に割れつつある後孔の間──つまるところ、会陰の部分を指の腹でグッと押されてしまい、アイチは抑えようとしている声が「あ」と漏れる。
 櫂が押し当てた指の下には、ちょうど前立腺があるのだった。
「そこ、やだ、や……っ」
「じゃあどこなら良いんだ?」
 子供のようでも健気に雄としての機能を果たそうとしているアイチのペニスを扱いてやりながら、敏感な皮膚の上から前立腺を圧迫して櫂は問う。
 少年がどこを触ってほしいかなど、徐々に物欲しげに開きつつある後孔を見れば、一目瞭然なのだが。
 しかし、アイチは頑なに答えようとしない。
 ぐずりながら、腰を揺らしてどうにか快感を逃がそうとしている──と、言うのも近頃、アイチの身体に変化が起きてるのだった。
 今まではまともに自慰もしてこなかったことから刺激にも慣れておらず、敏感すぎるほどであったペニスも今やこうして櫂の手のひらで優しく揉まれただけでは透明の薄いカウパーを溢れさせるだけであり、絶頂への決定的な刺激には繋がらない。
 無理にでも性器への愛撫でイかせようと思えば可能なのは分かってはいるが、櫂は一定のテンポで優しく指でつまんで扱くだけである。
 滴るカウパーを塗り広げるように、根本から先までを丁寧に強弱をつけながら手を動かしてやるとアイチの腰が反るように跳ねた。その様子を新しいオモチャを見つけた子供のような目で眺めながら、櫂は搾乳でも行うかのごとく手を動かし続けてやる。
「や、だめ、櫂く……ぁ、やっぅう」
「だから『だめ』じゃねぇだろって……何回言わせんだ」
「だって……恥ずか、し、……っ!」
 耳まで赤い顔をどうにか手で隠し、興奮したように口呼吸を繰り返す幼い姿に目を細めて笑う。
 今更なにを恥ずかしがっているのか──そう冷静に思う反面、いつまでも初々しい反応を見せるアイチを見下ろしてはゾクゾクと総毛立つように興奮する。櫂は、自身の乾いた唇を舐めた。
 アイチの幼い、頭を少し擡げただけのペニスから手を離すとニチャ、と粘着質な音がする。そのままカウパーの糸が引いている指で、櫂は期待するようにヒクついた後孔をトントンと指の腹でノックした。
 驚いたような、アイチの声が聞こえる。
 決して挿入はせずに指の腹で縦割れの縁を撫でて自然と開かせ、中の赤い粘膜を晒すように促した。
 小さく鳴き続けるアイチに、櫂は耳に唇を寄せて「これからもっと恥ずかしいことすんだろ」と囁くと、指の間から大きな青い瞳がこちらを見た。
「ここ、嫌か?」
「……っや、じゃ……ない、よ……でも……」
「なんだよ」
「ぼ……ぼく、最近……変だか、あ……っう、ゃ」
 ローションも使っていないのに、そこは柔らかく櫂の指の先を飲み込んだ。中指の先を挿入してからは手前ばかりを広げるように指を動かすのみで、奥には触れてはくれない。
「変って?」
 淡々とした口調で尋ねる割りに、口元が笑っている。アイチがなにを気にしているかなど、櫂は既に手に取るように分かった上での質問であった。
 恥ずかしそうにしているアイチは、可愛い。どうしても、少しいじめたくなってしまう。
「お、……っおしり、触られ……ると、っぅう、あ、やぁ……」
 明らかに、ペニスに触れられているときよりも声が大きくなりつつあった。櫂は更に愉快そうに笑って「それで」と雑な相づちを返し、まるで手を止めようとはしない。
 手前ばかり解され、もどかしかった。きっとこれはアイチ自らの口で言うまで、櫂にはぐらかされ続けるのだろう。さすがに我慢も出来なくなりつつあるアイチはどうにか言葉にしようと、恐る恐る顔を覆う手を退かせて櫂を見つめる。
 恥ずかしくて、たまらない。なのに、櫂に意地悪をされると下腹部が疼いて仕方がなくなる。覗くアイチの大きな目が潤むと、目尻が濡れた。
 それは発情しきっており、とても少年のものとは形容し難い表情である。
「ん?」
 櫂はあくまでも優しく装い、アイチの言葉を待った。一歳しか変わらぬと言うのに、これでは悪い大人と無垢な子供のようにも見える。二人は常にそういう絶妙なバランスの上で愛し合っていた。
「……きもち、よくて……」
 指を咥えたままの後孔が、ギュッと締まる。
 恋人としてセックスをするようになってから、暫く。最初こそ、アイチは後孔に櫂の身体の一部を受け入れることに抵抗感があった。
 男同士がそこでするなど、そもそも異性間での性交でさえ、性教育の域を越えたことを知らなかったアイチにとってはまさしく異世界の文化に等しい。
 かと言って、相手の櫂も手慣れているかと言われれば、そういう訳でもなかった。
 櫂が男を抱くのは、もちろんアイチが初めてである。
 けれど、アイチのように抵抗感がなかったのは、櫂にとってセックスは過程に過ぎない、の一言に尽きるだろう。先導アイチという少年と愛し合う為の過程の一つ。生殖を目的としない、ただ同じ快楽を求め合うという愛し方をアイチに教えたかった。
 だから、「嫌なら拒め」と櫂はアイチを初めて抱くときに告げたのだ。
 アイチは、汚してしまったら、痛かったら、上手くできなかったら、櫂にガッカリされたら──という複雑な感情の波に揉まれ、それでも本心では櫂に触れられたかった。
 だから櫂にそう言われても、アイチは拒まなかったのだ。
 だが、それですんなりと上手くいくかというと話は別である。
 単刀直入に申すと、櫂のペニスが想定の範囲を大きく越えていた。
 父も家におらず、普段は自分の性器を見ることくらいしかないアイチにとって、久しぶりに見た他人のペニスがよりにもよって櫂だった。それはまさしく“衝撃的”だったと言えよう。
 けれど大人の人とは、みんなこういうサイズと形なのかもしれない──そう言った考えがよぎるも、自分と櫂は一歳しか変わらないことを思い出し、情けなさで気が遠のいた。
 ローションを纏った櫂の指で時間をかけながら丁寧に解されている最中も違和感が拭えず、長い指で後孔を弄られている感覚はいっそ気持ち悪さすらある。櫂に触れられていることによる満足感や快感があっても、本当の性感がよく分からなかった。
 そうしていざ、慣らすことに数日かかってようやく性器の挿入に差し掛かるも、筋肉の動きに逆らいながら挿入ってくる櫂の長大なペニスを受け入れることへの恥じらいや、物理的な圧迫感で全く集中が出来ない。その苦痛は臍から櫂の性器が飛び出してくるのではないかと、そんなことを真剣に心配したほどである。
 余談であるが、この時点での櫂はアイチの身体を気遣い、最後まで挿入することはなかった。それどころか、半分にも満たない。けれどアイチはそんな櫂の気遣いにも気づける余裕もなく、全て挿入されているものだと暫くは信じていたほど精一杯であった。
 自分ですら知らないところを一番大好きな人にめちゃめちゃにされる。
 アイチにとってセックスとは、気持ちよさよりも恥じらいや苦痛が大きく、そして恐らく後孔で感じれることなど今後もないとさえ思っていた。
 思っていた、のだ。むしろ信じていた。だって、今まで平凡を絵に書いたような子供だったのだ。
 けれど、身体の変化はいつからだっただろう。
 セックスをするようになって、一ヶ月が過ぎた頃。中で動く櫂の指の感覚を、より鮮明に身体が捉えるようになった。指の腹で手前の、他とは違う箇所を押されると腰が浮くようになった。あれだけ苦しかったはずのペニスで、手前の腹側を突かれると声が出るようにまで。
 少しずつ塗り替えられていくような感覚。
 アイチは困惑しながらも、櫂にキスをされ、押し倒されれば拒むこともせずに櫂と身体を重ねた。けれど、次第に櫂に求められなくとも、自ら触ってほしいと求めたくなっている自分がいることに気づく。
 痛いはずだった。恥ずかしく、気持ちがいいわけなどない。だというのに、本人が気が付かぬまま、櫂のペニスを根元まで難なく咥え込めるほどにまでなっていた。
 そんな葛藤を抱えたアイチの「気持ちいい」という言葉を改めて聞き、櫂は目を細める。
 悪い、顔であった。
「よくできました」
 とは言うものの、中を解していた櫂の指が引き抜かれてしまう。
 今も満たしてほしいと、身体の奥が訴えるような衝動に囚われたアイチが、思わず「え」という声を出すと同時に、代わりによく知った熱が後孔に押し当てられた。
「アイチ、もうオレの形になってるだろ?」
 櫂の生々しい言葉に、アイチは言葉に詰まりながらも頷くしか出来ない。
 櫂だけを知っている後孔は、もう既に櫂の形を根元までしっかり覚えていた。アイチの肯定に、櫂は満足げに喉の奥で笑うとグッと腰を進めていく。
 気持ちいい訳がなかった。胃液すらこみ上げる圧迫感は、快楽よりも痛くて苦しいだけだったのに、どうして──アイチは櫂の身体にしがみつき、身体の奥まで櫂に満たされていく感覚に喘ぎながら、窮屈そうに押し進められる強引さすら気持ちがいいと顔を蕩けさせた。
「櫂、く……っひ、ぁ……あ、ぐ……っあ、ぁ」
 奥まった、壁のところにまで挿入ってきているのが分かる。アイチの腰が逃げそうになるたびに、櫂がそれを引き戻しては、すっかり開かれた後孔に櫂の恥毛擦れるほど隙間なく雄を飲み込ませた。
 小さなアイチの、痛いくらいの締め付けが気持ちいい。
 一見乱暴そうに見えるこの行いも、アイチの顔に苦痛の色は見えない。その上、アイチの中が慣れるまで櫂は腰も動かさずに辛抱強く中に馴染ませていた。
 恥ずかしがるアイチは可愛いが、痛みで歪ませたいわけではない。
 櫂は身体を屈ませて半開きのアイチに口づけ、小さな舌を吸い上げてから絡め取ると、漸く腰を緩やかに動かし始める。
 こんこん、と間隔の決まったピストンで奥の敏感な肉壁を突かれ、ゾクゾクと背筋に抗い難い快楽が這う。嬌声も全て櫂とのキスに溶けてゆき、脳も下半身も溶けてしまったような錯覚に陥った。
 前戯の時に少し触られたまま、今も小さく存在を主張する小さな乳首を親指の腹で撫でられるだけでも健気に反応を返す。
 徐々に激しくなるピストンにベッドが同じく軋み、自分はいま櫂に抱かれているのだとアイチは再確認しながら、キスが解けると櫂の首に細い腕を回して抱きついた。
 粘膜から、身体が一つになっていく。
「櫂く、ぅ、あ……っきもち、いい……っあ、く……っ」
「……そうか」
 口端を吊り上げ、アイチの頭を暖かな手のひらで撫でながら、櫂は貪るようにその身体を味わった。
 自慰でさえ、まともに行えなかった無垢な少年は、少し年上の恋人の手によって意識さえも書き換えられていく。
 それが毒のようにも似ていて、アイチは心地よかった。