制服ぷれい

「……その格好はなんなんだ」
「アカデミアの被服室に置いてあるミシンが壊れたとかで、修理の依頼を受けたんだ」
「いや、それは先程聞いたが」
 ガレージの共有スペースに置かれた貰い物のソファに腰掛けたジャックは、隣に座る遊星の頭の天辺から爪先まで、再びしげしげと見つめた。
 視線の先の遊星は、普段のラフで動きやすい格好をしていない。それどころか普段の遊星ならばあまり袖を通さないであろう、やや窮屈そうな──サイズはピッタリなようだが、普段の服装と比べると──格好は、長年連れ添ってきたジャックにとっても新鮮なものである。
「似合わないだろ? オレも鏡を見て少し笑ってしまったんだ」
 深い青色のブレザーに、スラックスと白いワイシャツ。そしてご丁寧に締められた赤いネクタイは、学校帰りの龍亞が着ているものとよく似ていた。
 それがデュエルアカデミアの高等部の制服だというのは、詳しく知らないジャックにもひと目見てわかったのである。
 遊星いわく、用務員の男がバケツを持ったままハシゴから転落しそうになったところを助けたものの、代わりに頭からバケツの水を被ってしまったのだと。
 そうして「気にしなくていい」と、タオルだけを借りて帰ろうとした遊星を引き止めたのがあのアカデミアの校長だというのだから、この男はどこまで人タラシなのかとジャックは遠い目になる。
 ハイトマンという教頭とのデュエルの一件から、その後も彼がなにかと遊星に仕事を依頼していたのはジャックも知っていたものの、着替えとしてまさか部外者に制服を着せて帰らせるなど。学園も校長も、なにを考えているのか分からない。
「お前が年相応に見えることに驚いているだけだ」
「オレが老けてるみたいな言い方だぞ」
「若々しくはないかもな。たまに老人のような受け答えをするところがある」
「うるさいな」
 おおよそ龍亞や龍可に「しばらくそれでいて!」とねだられたのだろう。ジャックが帰ってきたあとも、遊星はご覧の通り制服姿のままで寛いでいたため最初は何事かと目を見開いたのである。
 普段の遊星はいつも大人びており、背丈こそ標準的であれ、内面だけでいえば同年代の者と比べると随分成熟していた。
 そんな遊星だからか、彼を年下だと意識していたのは二人がまだ幼く、なにをするにもジャックの服の裾を握りながらついて来ていた頃の遊星に「兄ちゃん」と呼ばれていた頃までで、いつしか「ジャック」と呼ばれて並び立つようになってからは年齢差など意識してこなかったように思う。
 だからだろうか。
 下手な露出よりも、制服姿の方が妙にクるものがあった。
 なお、ジャックにそういう趣味はない。
 ただ、強いて言うなら、普通ならば学生の年齢なのだなと思うと、悶々としたのだ。──やはりこれでは変態的ではないか。ジャックは自問自答しながら頭を掻く。
 訝しげに首を傾げる遊星。
「……まあ、似合ってるんじゃあないか。馬子にも衣装か」
 絞り出た一言。
 ジャックの言葉に遊星はキョトンとするも、すぐに目を細めた。その表情はどこか幼い。
「龍亞と龍可が脱がせてくれなくてな。首元は窮屈だし、借り物だし……二人が帰ったあと、すぐに脱ごうとしたんだが」
 胸元のネクタイを触りながら重そうな黒い睫毛を伏せたまま。ジャックの方を見ずに、それでも少しだけジャックに寄りかかった。
 一方で、そんな甘えたような仕草をされたところで、ジャックはなるべく視線を遠くの天井の方に逃がすことに努める。
 おおよそ真っ当な性的嗜好である彼は、万が一にでも変な扉が開いたらと思うと好奇心より恐ろしさが交じるのであった。
 けれども、腕によりかかる遊星の体温がどうしようもなく熱く感じる。隣の幼馴染が、禁欲的な印象すらある不動遊星が、時折放つむせ返るような色香の正体をジャックはよく知っている。
「……ジャックに見てほしくて脱げなかった」
 遊星の言葉に鼻から大きく酸素を取り込み、口からゆっくり吐き出すことで心拍数を落ち着かせながら、ジャックはあくまでも平常心で「そうか」と言おうとした。
 言おうとして、ジャック・アトラスはその形のいい唇を開く。
「ならば俺が脱がすのを手伝ってやる」
 またもやジャックは遊星に負けた。
 どうしていつもこうなのだろうと考えるが、性欲を前にするとその思考すら徐々にどうでも良くなるのがいっそ恐ろしい。
 たまらず隣に視線を向けると、いつからブレザーのボタンを外していたのか、筋肉質な胸元により少しキツそうな皺が寄ったワイシャツと、少しだけ緩められたネクタイ姿の遊星がそこにいる。
 またもや恐ろしかった。
 どうして突然スイッチが入るのだろうと、馴染の切り替わりの早さにジャックはただただ生唾を飲むだけである。
「借り物だからな」
「分かっている。皺になる前に脱がすだけだ」
「本当に?」
 喉の奥で楽しげに笑う遊星を少し黙らせる必要があると、ジャックは盛大なため息をついてからその唇に噛み付く。
 一瞬でも年相応に見えた自分が馬鹿らしい。
 こんな学生がいてたまるかと、自ら積極的に舌を絡めてくる遊星を前に思うのだった。