子守唄

 暫く腕で顔を覆ってされるがままであった速水が、無言で投げ出した下半身を不規則に痙攣させる。
 足先がピンと張りつめ、体液やローションで湿った布団を蹴った。内股となった白く柔らかそうな細い脚の中心にある速水の性器は、相変わらず萎えたまま透明なカウパー液を申し訳程度に滴らせるだけで、射精はおろか勃起さえしている様子も見られない。
 口は忙しなく酸素を取り込み、腕で覆った顔は胸元まで赤かった。
 彼が震えている間もぐちゃぐちゃと好き放題に掻き回されている粘膜が鳴らす下品な音は止まない。
 速水の掠れた悲鳴が一瞬聞こえる。
 先ほどまで部屋を満たしていた甲高い喘ぎ声。それが聞こえなくなったのはいつからだったか、瀬戸口は随分と長いこと速水の身体を好き放題にしていた気がした。
「疲れたか?」
 下半身と同じく、痙攣し続ける後孔から挿入していた指を引き抜いて瀬戸口は優しげに問いながらも口元はえらく楽しそうである。
 ふやけた己の四本の指と、ぽっかりと塞がる様子もなく、真っ赤な肉を晒しているままの速水の後孔を見比べ、拳でも入りそうだと物騒なことを考えていた。
 暫くすると赤い肉の奥から瀬戸口が再三出した子種がドロリと下りてきて、時間をかけながら下に染みていく。
 その光景を瀬戸口が満足するまで眺めた後、肌触りの良くない安価なちり紙で残骸を適当に拭った。まるで下の世話をされてるような妙な感覚に、速水は落ち着かない様子で脚をすり合わせる。
 長引く絶頂の波が薄まると、少しずつ呼吸を落ち着かせるように、ゆっくりと酸素を取り込んでは鼻から吐く。速水がそれを何度か繰り返し、徐々に可愛い顔を隠す腕が退かされた。
 泣いて霞む青い瞳が、すみれ色の瞳を映す。
「…………出撃、要請……あったらどうするの……ばか」
「ありゃ、あっちゃんは真面目だねぇ」
「当たり前だろ。……ぼく、イっちゃうと暫くはずっと気持ちいい状態、続いちゃうんだから。こんなの、みんなに迷惑かけちゃうし、恥ずかしいよ……」
 速水は乱れて額に張り付く長い前髪を鬱陶しげに退かしながら、むぅ、と年相応に子供っぽくむくれた顔で瀬戸口を見つめた。あどけない表情とその場のムードの差異にゾクゾクする。バカとは言いながらも速水の頬は紅潮し、拗ねたような顔は本気で怒っていないと言うことが一目で分かった。
 それに、きっと速水のことだ。
 こんな状態で召集がかかったとしても、恐らく1秒ともかからずに頭を切り替えることだろう。
 あくまでも床の上での雰囲気を崩さないための口上であったが、彼が達すると暫く強い快楽に呑まれることは事実であったので、瀬戸口は速水が用意した“台詞”にも素直に興奮することにした。
 それに。こんな状態でウォードレスを着る速水など、想像すれば随分といやらしい。
 顔は真面目を気取って凛々しいのに、余韻の残る肛門はヒクついているままなのだろうし、奥の方に出したものもウォードレスのラバー内へと溢れて出て来て汚すこととなるだろう。
 そして、その様な状態でも彼は涼しげに幻獣を殺す。
 セックスなんて知りませんというような禁欲的なエースの顔をして。
 甘えて媚びるように何度も「瀬戸口くん」と呼び、酷いことをして欲しいと淫猥にねだっていた声で戦況報告をしては、同乗者の芝村とコンタクトをとるのだと思うと悪くないとさえ瀬戸口は思う。
 そして欲を言うなら、そのまま戦闘が終わった直後の彼を頂きたい。戦闘終わりで再び昂った速水をバカになるまで気持ちよくさせて、甘やかして、朝に行為を終わらせ昼過ぎに一緒に登校すればいい。
 司令の善行が聞けば脳天を撃たれそうな妄想ではあるが、男という生き物は倒錯的な情景に鼻息を荒くしてしまう可哀相な生き物なのだ。
 瀬戸口は速水に覆い被さると、そのまま唇を舐め、薄ら開いたところに食い付いた。キスというよりも粘膜を貪るような行為。流し込まれる瀬戸口の唾液を速水は健気に呑み、その都度大きな瞳を潤ませて肩を震わせた。
「出したもの掻き出すって言うから脚開いたのに、なんでえっちになっちゃうの」
「速水のここが暖かくて締まるからだな。それにちゃんと掻き出せてはいる」
「それでも指四本はいらないよ」
 汗ばんだ身体で引っ付けば、速水の肌理の細かい素肌はしっとりと暖かいのに対し、夜風に冷えた汗が冷たい。
 以前よりは自然に近づいた速水の胸に顔を埋めれば、小さな手が頭を撫でてくれた。まだ少し速い彼の心音が子守唄の様で、瀬戸口は目を瞑る。
 思い切り抱き締めれば、比喩ではなく本当に折れてしまいそうなくらいに細く感じた。
 所々浮き出た骨が当たるのに、下半身や胸などは病み付きになるような柔らかい脂肪が付いている。
 女みたいだと言うと速水が機嫌を損ねるので決して言わないが、実際は女というよりかは、女でも男でもない、同じものが二つとない神秘的な美しさが速水のデタラメな身体にはあると瀬戸口は真剣に思っていた。
 腕の太さも肩幅も何もかもが違うが、速水を女性だと思って抱いたことは一度もない。
 速水厚志という少年を、瀬戸口は抱いていた。
「瀬戸口くん、眠い?」
 頭を撫でる手を止めずに、速水は問う。さながら我が子をあやすような手つきにも見えた。
「ん? 後始末は俺がしておくから、速水は先に寝ていいんだぞ」
「いや、えっと、それなんだけどさ」
 速水は瀬戸口の少し癖の付いた髪に指を絡める。思ったよりも柔らかい毛質であった。少しだけ、口元が綻ぶ。なんだか自分に甘えてくるこの男が愛おしく感じた。
 人に甘えられるほどの度量もなければ、包容力もない、余裕もない。速水が自分をそう評価しているのに対し、瀬戸口はその様な小物にもこうして心を許しては身を委ねてくるのが滑稽だった。
 自分らしくないなと思いつつも、優しく瀬戸口の髪を撫でながら、終わった後の気だるさに少しずつ瞼が重みを増すのに耐えて、口をおずおずと開いた。
「明日、ちょっと遅れて行こう。一緒に片付けるから。僕……このまま二人で寝たいな、なんて……だめ……?」
 末尾にゆくに連れて声が小さくなる。言っている途中から恥ずかしくなってきたのだ。思わず瀬戸口の髪に顔を埋めた。
 そこは汗をかいたはずなのに、仄かに甘い香りがする。
 女の匂いではない、コロンか何かだろうか。セックスの途中にも瀬戸口の首もとから香るこの香りが、速水は好きだった。
 少しでも意識のある間、彼の香りを感じていたいなどと思う。
 寂しさや孤独が和らぐ。怖い夢も、見なくなる。そんな気がしてくる甘い香りだった。
 だのに瀬戸口はセックスが終わったあと、速水を寝かしつけると早々と翌朝の風呂の用意だとか、脱ぎ散らかした服を片付けたりだとか、丸めたちり紙その他を掃除するのにいなくなってしまう。
 紳士的、と言えばいいのか。なんというか、くすぐったくなるような丁寧な対応が気恥ずかしい。終わった後は、まるで姫ような扱いを受けた。
 好奇心ではなくて愛情で自分を求めてくれる人物に、抱かれることがこんなに幸福で気持ちのいいことだと速水は知らなかった。もしかしたら瀬戸口のそれも、愛情なんかではないのかもしれないが、嘘なら嘘で騙されたままで良いとさえ思う。
 ときどき、僕らしくはあるが、俺らしくはないことまで素で考えてしまっていることに気づいては、頭を抱えるの繰り返し。
 辱められ、嗤われて、暴力を振るわれながら強引に挿入され、笑顔を強要させられ、薬品の入った注射器を何度も腕に突き刺されながら、入れ替わり立ち替わりに中や外に出され続ける以外の“行為”があることを瀬戸口と寝て初めて知った。
 単純なのかもしれない。速水は思う。
 少し優しく抱かれたくらいで、耳元で愛してるだの可愛いだの囁かれて、トロトロに溶かされてキスされて。
 そんなことで彼を愛しく思ってしまうなど、単純でバカで安くて淫らだと考え、また少し自分を軽蔑したが、速水の誘いを聞いた瀬戸口は突然顔を上げた。
 垂れ目の向こうにあるすみれ色は何だか輝いていた。頬も赤らんでいて、口を開けたり閉じたりする。
「……バンビちゃん、あまり可愛いことを言ってくれるな」
「嫌なら……いいんだけど」
「違う。本気で好きになっちまう。いや、本気だけどな、本気だぞお兄さんは」
 濡れた敷き布団で寝るのは気持ちのいいものではない。それに、不衛生だ。今すぐにでも洗うべきなのに、二人はそんな汚れた布団の上で再びキスをして重なりながら眠ろうとしていた。
 呼吸を分け合うようなキスは甘かった。瀬戸口の香りと同じように。
 次は速水が瀬戸口に抱き締められ、髪を撫でられる。まだまだ冷える夜、湿った敷き布団と薄い掛け布団。風邪をひいても可笑しくなかったが、瀬戸口と並んでくしゃみをするのは悪くないと速水は思って、彼の胸の中で小さく笑った。
「瀬戸口くん」
「なんだ?」
「……本気で好きになってもいいからね」
 間をおいての速水の意味深な応答に、瀬戸口は「えっ?」と素っ頓狂な声をあげる。
 何度も起こそうと、瀬戸口が問いただしてくるが、速水の疲労した身体は深い眠りへと落ちていった。
 瀬戸口の心音がする。
 子守唄みたいだと、速水も同じように思っていたことを、未だ戸惑う瀬戸口は知りもしなかった。