舌の上

 遊星の口は小さい。普段からあまり歯を見せて笑うこともなければ、デュエルの時でもないとさほど口を大きく開けて話すこともなかった。
 大きな丸い目に、小さな鼻と小さな口。
 遊星の、どこか猫のような顔のバランスをジャックは気に入っている。
 いつもは夜通し作業場に張り付いている遊星が、珍しくそういう気分になったらしくジャックのベッドに潜り込んできた日の夜。
「シたい」
 遊星はそれだけ告げ、乗りかかるように覆い被さるとジャックの顎を掴んでキスを仕掛け、あやすようにそれに応えてやる。
 相変わらずやることが唐突なところがある遊星に少々呆れた様子を見せつつも、内心では久々に触れることができた喜びを隠しきれない。
 ジャック・アトラスは我慢は嫌いだが、こと遊星に関しては意外な辛抱強さを見せた。
 相手が乗り気でもないときに自分本意なセックスをすることをジャックは嫌う。ただ性欲を発散させたいだけならば、別に相手は遊星でなくても良いはずであったからだ。
 ジャックにとって遊星は唯一無二の存在であり、その遊星と情事に及ぶのであれば、幼い頃のような好奇心やただの性欲処理ではなく、もっと他の意味を持ちたいと思えた。
 これはジャック自身の矜持のようなものである。
 比率で言えばジャックから誘うことがやや多めだが、遊星の方からそういう気分になった場合の彼は普段の禁欲的な印象とは裏腹に、非常に婀娜っぽく振る舞うため、抱く側としてはたまらないものがあった。
 俗っぽく言うと、セックスをシたいときの遊星は、とんでもなくスケベで最高だったのである。
 周期的にやってくる、遊星の“そういう気分”の日。
 肉厚の舌を吸いながら唾液を啜って、満足した頃に漸く顔を離す。発情して熱を持った青い瞳が、ジャックの紫の瞳と溶け合った。
「……久しぶりな気がする」
「遊星も忙しそうだったからな」
 ジャックを見下ろしながら、相変わらず上に乗ったままの遊星はご機嫌な様子で笑って、ジャックの白い頬や瞼にまでキスをした。
 これはすこし酒が入っているな、とそこでジャックは察する。
「飲んだのか? 安物のワインしか入ってなかっただろうに」
「酒の良し悪しは分からないから平気だ。素面だと上手くできるか不安だったから」
「そんなもの俺に任せたらいい」
 しかし遊星は子供のように首を横に降って、「オレだってお前をヨくしたいんだ」と言いながら覆い被さっていた体をノロノロと退かせる。
 わざわざ風呂に入って面倒な準備を済ませ、この時のために安物のワインを飲んできた遊星を思うと可愛いような間抜けなような、なんとも言えない可笑しさと愛しさがこみ上げる。
 つぎに遊星がなにをしたがるのかを知っているジャックは上体を起こしてやり、四つん這いでその長い足の間に座り込んだ遊星を見下ろした。
「……舐めていいか」
「聞かんでいいと言ってるだろいつも」
「お前の言うことは難しいんだ」
 手を伸ばし、ほんの少し反応を示しているような気がするジャックの膨らみを遊星は控えめに撫でながら問い、了承を得ると下衣に手をかけた。
 下着と共に下ろし、ズルリと出てきたジャックのペニスを凝視する。
 セックスをしている最中は深く考えないが、平常時でもこの大きさで、膨張した際は一体どこまで届いているのだろうと遊星は首を傾げた。
「人のモノを見て首を傾げるやつがいるか」
「これ本当にオレの中に全部収まってるのか?」
 まずは口に溜めた唾液を上から垂らし、摩擦をなくした状態で撫でるように扱いていく。
 遊星の突拍子もない質問に、ジャックは慣れた様子で「それはお前の体調次第だな」と答える。
「そうなのか……いつか結合部の写真を撮って見せてくれ。最中はそれどころではないから気になるんだ」
「多少酔ってるとは言えとんでもないことを言っている自覚はしろ貴様は」
 遊星としては純粋な疑問なのだろうが、なぜそんなアブノーマルなプレイをしなければならないのだと、あくまでもそう言った趣味を持たないジャックは顔を引きつらせる。
 半分酔っ払いである幼なじみの妙な言動に頭を抱えつつも、今のようなことをする仲となった頃から教え込まれた通り、ペニスを扱く手つきはしっかりと心地いい動きであった。
 やはり遊星は物覚えがいい。徐々に膨張し始めた手の中のそれを見つめ、少しカサついた指の腹で撫でる。
 覗き込んだ尿道がヒクつき、カウパーをにじませる様子を見て頃合いかと、遊星はあまり大きくない口を開きながら顔を近づけた。
 当然、遊星の口腔は亀頭を咥えこむくらいの容量しかない。
 少し頑張ってみたところで顎が疲れて仕方がないため、喉奥まで使っての奉仕は滅多にしなかった。
 少ししょっぱいような先走りの味が己の泡立った唾液と絡み、それを飲む度に触れてもいない後孔が疼くような気がする。
 竿の方を手で扱きながら舌全体を亀頭へねっとりと纏わり付かせ、頭を上下に動かし、これから己を抱く雄に対して自ら準備を行うこの時間が、遊星は好きだった。
 口を窄めてカウパーを啜ると唇を一度離し、すっかり浮き出た血管を唇でなぞって、やがて睾丸にたどり着くと端正な顔をペニスに押し付けながら皺の隙間まで舌を伸ばす。
 遊星は器用だった。
 小さな口で行われる口淫は、ジャックがかつて何度か「気持ちがいい」と伝えた要点をしっかり抑えており、控えめでありながらもその気にさせるには十分である。その証拠に逞しく勃起したペニスが目の前にあり、遊星はどこかうっとりしたように目を細めた。
「遊星、もういい」
 恥毛に顔を埋めるようにしながら奉仕を行っている遊星を見下ろすと、支配欲が満たされる。
 多くの人に囲まれ、慕われ、愛される遊星が、この時ばかりはジャックだけを見つめ、ジャックだけを求めるのだ。
 渋々といった様子で口を離すと、ゆっくりとした動作で自ら下着を脱ぎ、ついでにタンクトップまで脱ぐ。
 あっという間に裸になった遊星の体の中心が、フェラをしていただけであるというのに緩く反応を示していることにジャックは気づいて、妙に喉が渇いたような感覚に陥る。
「……自分でもう慣らしてきた」
「なに? 俺には何もさせてくれないのか」
「お前に前戯を任せると長い」
 そんな軽口を言い合いつつ、遊星はジャックに股がって、耳元に唇を寄せた。
「早くぐちゃぐちゃにして欲しくてたまらなかったんだ」
 湿った声で告げる遊星の引き締まった臀部を撫で、ジャックは思わず笑みが漏れる。
 それは満たされた、雄の顔であった。